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桂樹が設計部にいて2年ほどが経ったころ、彼が仕事の合間に出した海外の設計コンペで賞を取った。その実績もあって、初めて単独設計を任されることになった。六本木にあるアメリカ大使館の、宿舎建て替え工事だった。
桂樹はさっそく新入社員の助手を連れて、設計前の基礎調査にとりかかった。計画地は首都高速3号線沿いにあり、神社や寺院に隣接した緑あふれる広い敷地だった。
現場調査のあと、近くにあるアメリカ大使館まで足を伸ばして、関係者の意見を聞くことにした。桂樹は片言でしか英語を話せなかったが、大使館側に日本語の堪能な外人がいて、通訳をしてくれた。
その男はゲイル・ギャザウェーと名乗った。イギリスで生まれ育ち、両親とともにアメリカに移住した。そのあと、日本に渡ってアメリカ大使館で働き、20数年前に日本人の妻をめとった。
ギャザウェーは外人にしては背が低いほうだが、肉づきのよい頑健な体と陽気な性格をしていた。年の頃50代、いたずらっ子のように輝くグレーの瞳が印象的だった。
マスタープランができ上がったころから、桂樹の大使館通いが始まった。週に一度、関係者と大使館内で打ち合わせをするためだ。通訳と建物の案内役を買って出たギャザウェーは、いつのまにか建て替え工事の大使館側責任者になっていた。
設計の手直しは、毎週のように加えられた。と言うのも、ギャザウェーは相当の気まぐれ者で、打ち合わせのたびに言うことが違っていた。
最初のうちは我慢して、黙々と修正していた桂樹も、しまいには切れて、ギャザウェーと激しく言い合う場面も増えてきた。
しかし、いくら激論を交わそうと、ギャザウェーの無邪気な明るさに、桂樹は本気になって怒れなかった。そのうち、仕事後のひとときを共有する時間も増え、ギャザウェーの物事にこだわらないさっぱりとした性格もあって、二人は親子ほどの年齢差にもかかわらず旧来の友のような付き合いに変わっていた。
それでも、ギャザウェーの気まぐれは、変わらなかった。桂樹は一計を案じて、コンテの画材を使って年配者の肖像画を描いた。
次の週、例によって口角泡を飛ばしての打ち合わせ後、桂樹は持ってきた絵を黙ってギャザウェーに手渡した。
会議に参加していたスタッフが、ふたりの廻りに集まってきた。彼らは口々に絵のでき栄えを誉めた。茶色のコンテを使った、多少、戯画化されたものだったが、ギャザウェーの本質が生き生きと描かれていた。
頭髪の後退した広い額、歳相応に肉のついた色白の顔、やや大きめの口、二重になりかけた丸っこい顎、薄い眉毛と小さな瞳。陽気で無邪気で、どことなくとぼけた味が、見事に表現されていた。
ところが当の本人は、無表情に絵を見ながら、何の反応も示さなかった。
「どうだい、ゲイル、絵の感想は?」と桂樹が聞いた。
「感想?」
ギャザウェーは絵から視線を転じると、とぼけて訊いた。「だれなんだ、このボケた人物は?」
この熟年大使館員の性格を知りぬいていた桂樹は、平然と言った。
「あなたですよ」
「えっ、これがわたしだって」
ギャザウェーは、おおげさに驚いた表情をした。「似てないぞ!」
途端にほかのスタッフたちが、声をそろえて言った。
「すごく似てるよ!」
ゲイルはギョッとして、皆の顔を見まわした。
そこで桂樹は、噛んで含めるように話した。
「ゲイル、その絵を描いたのは、別に悪気があってじゃないんだ。ただ生意気を言うようだけど、あなたは気まぐれすぎる。そうコロコロと考えを変えるようなら、もうこれ以上、ぼくは設計を続けられない」
桂樹は親しげに、ギャザウェーの尻に手を置いた。
「その絵を見て、じっくりと自分を見つめ直してもらいたい。絵はあなたにプレゼントする。気に入らなければ、破り捨ててくれ」
そこで桂樹は、肉付きの良い尻をポンと叩くと、別れを告げた。
次の打ち合わせのとき、ギャザウェーの態度はずっとましになっていた。以前のように簡単に、心変わりもしなくなっていた。おかげで設計は、効率よくはかどりだした。また、桂樹の描いた似顔絵は、額に入れてギャザウェーのオフィスに飾られているところを見ると、本人もけっこう気に入っているようすだった。
桂樹が大使館通いをはじめて3ヶ月後、ようやく設計図が完成した。赤い洋瓦の寄せ棟屋根と白い外壁、それに下屋つきポーチをシンボリックに配置した、洋館風のデザインでまとめられていた。
新しい宿舎は全部で3棟あり、既存の宿舎を順次取り壊しながら、1棟ずつ建設する計画になっていた。役所への建築確認申請の手続きも完了して、工事金額も決まり、いよいよ工事の着工段階に入った。
設計図を施工チームに引き渡した桂樹は、息つくひまもなく、次の設計に取りかかった。今度は赤坂に建設予定の、大型複合開発のビルだ。
設計のチーフは吉田課長だったが
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