(3)

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桂樹が小倉建設に入社して、半年あまりが過ぎた。
10月の終わり頃、設計部の社内旅行があった。旅行の幹事は、例年、新入社員がやることになっていた。設計部には桂樹を含めて、5人の新人がいたが、彼らは3ヶ月前から旅行の段取りを始めていた。
なにしろ100人近い団体だ。宿泊先の予約だけは、昨年の幹事が熱海のホテルをとってくれていたが、バスの手配や部屋割り、宴会の準備、ゴルフや観光の手配と、新人たちのやることはたくさんあった。
それでも、桂樹たち新人の苦労の甲斐あって、東京を出発してホテルに着き、宴会が終わるまでは順調に事が運んだ。

問題はその後だった。大半の社員が引きあげた宴会場には、新人たちを含めて、10数人の若手社員が車座に残っていた。
設計部にも独身寮の先輩たちが何人かいた。彼らは旅行の宴会でも、寮方式をもちこんだ。
宴席では、新人たちがひと回りしてお酌をし、返杯を受けるのだ。宴会が終わったとき、新人たちは酔っ払って、意識朦朧としていた。実のところ、桂樹をのぞくほかの4人は畳の上にぶっ倒れて、長々と伸びていた。
そして、独身寮方式の、地獄の試練が待ち受けていた。
「さあて、締めくくりに、新人たちに何かやってもらうか」
「だけどみんな伸びてるじゃないか。だらしない奴等だ」
「なあに、叩き起こせばいいんだ」
桂樹は先輩たちの会話を聞いていて、酔った頭の中に、嫌な予感が広がっていた。
(神さま――)桂樹は頭の中で祈った。
しかし、彼の祈りは天に届かなかった。
「おい、高山がまだ生き残ってるぜ」
「お、高山か――」
桂樹が哀れっぽく先輩たちのほうを見ると、彼らは目配せしてニンマリとした。
「おい、高山、新人代表だ。おまえの心意気を見せてくれ」
「先輩――何をやるんですか?」
桂樹は、できるだけ同情を誘うように、弱々しく言った。
「お前の特技だよ。寮の歓迎会のときやったじゃないか。ストリップだ」
「あれはぼくの特技じゃないっすよ。あれは無理やり――」
桂樹は最後まで言わせてもらえなかった。
「よし、決まった。ストリップだ」
「ホテルに外人さんが来ていたな。おい、高山、彼らに日本人が世界に誇るウタマロを見せてやれ」
「そうだ、素っ裸でラウンジまで走ってこい」
「そう言えば、さっきラウンジに吉田さんがいたな。高山、お前いつも課長にいじめられてるじゃないか。この際だ、ひっ捕まえて、やっつけろよ」
「オカマを掘れとは言わん。キスぐらいしてやれ」
先輩たちが好き勝手に言うのを、桂樹は呆然として聞いていた。
「あの、なんでぼくが、課長にキスなんかしなければならないんですか?」
「おまえ、課長の本心を知らないな。課長は、お前が好きなんだぞ。キスをしてやったらいじめもなくなるさ」
「――」
「愛情こめてやれ。たっぷりと濃密にな」
「――」
「そうそう、10秒間だ。いいか、数えているからな」
「――」
「よし、景気づけに、もういっぱい飲め」

吉田亨は、和泉部長とラウンジのソファーに腰掛けて、宴会後のひとときを過ごしていた。ふたりともさほど酒が強くなく、目許がほんのりと赤らんでいる。
「今年の新人は、なかなか段取り上手だな」
和泉が言うと、吉田が皮肉っぽく返した。
「そうですね。あの活力をもうすこし仕事につぎ込んでもらったら、わたしも助かるのですが」
「手厳しいな、きみは。しかし、高山くんはなかなか優秀だ。若手の中でも抜きん出ている」
「それは私もちょっぴり認めます。しかし彼は、ちょっとルーズなところがあります」
「のんびりした性格だからね。彼の持ち味だよ」
「でも――」
吉田は言いかけて、目に入った光景に、口をあんぐりと開けた。
なんとその高山が、一糸まとわぬスッポンポンの姿でこちらに向かってきたのだ。そして背後には、数人の社員たちがニヤニヤ顔で付き従っている。
吉田の表情に、和泉もそちらを見てギョッとした。ラウンジにいた他の客たちも、仰天した表情で素っ裸の闖入者を見ていた。

桂樹は吉田課長に向けて、真っ直ぐに歩み寄った。その勢いに、吉田は思わずソファーから飛び起きた。小太りの体つきにしては、驚くほど敏捷な動きだった。
「課長、ぼくとニャンニャンしてください」
桂樹は、呂律の回らない声で言った。
「な、なんだきみは!よせっ、よしてくれ!」
吉田は後ずさりしながら、悲鳴を上げた。桂樹はふらつきながらも、吉田課長を部屋の隅に追いつめていく。和泉部長のほうは、ソファーにうずくまって、二人のようすを好奇の眼差しで見つめている。

吉田は壁に背中を押しつけて、恐怖の目で部下を見上げた。そこで気づいた。部下の顔は亡羊として、正気を失っている。
「きみ、相当酔っ払ってるな。冗談はよせっ――ああっ!」
桂樹に抱きしめられて、吉田はふたたび悲鳴を上げた。

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