夕立は30分ほどであっけなく終わった。
とたんに、じりじりと焼けつくような陽射しが戻ってきた。雨で濡れていた路面が、みるみる乾いていく。
金曜の夕方ともなると、道行く人々は、なんとなく浮き浮きとしている。
若い人たちは、今夜のアバンチュールに、あるいは明日から2日間のレジャーを想って、わくわくと胸踊らせる。
上司と部下の板挟みになっている中間管理職にとっても、この時間帯は一週間で最高のひとときであろう。仕事の苦痛から逃れ、明日からひとときの休養が始まるからだ。
金曜の夕方は、誰にとっても、ときめきを覚えるひとときであった。
男は植込みの縁石に腰かけ、辛抱強く待っていた。年の頃50代前半、ずんぐりむっくりした固太りの体型。短く刈った頭髪、浅黒い丸顔。短い眉毛と太い鼻梁が、童顔を妙に精力的に見せている。
やがて、ビルの玄関口から吐き出される人々のなかに、白髪のほっそりとした老人の姿が現れた。
男はゆっくりと立ち上がった。
目当ての老人は70歳前後、中背、スリムだが、体の線は柔らかく、骨張ったところが無い。知的で生真面目そうな顔は、肉づきが薄いが、なめらかで、血色のよい肌艶をしている。すっかり薄くなった頭髪、銀縁めがねの奥で小さく澄んだ瞳が、これ以上ないほど柔和に輝いている。
男は数メートル離れて、老人の後をつけだした。
老人はゆったりとした足取りで、人込みを縫って歩いていく。
男は尾行しながら、その後姿をじっくりと観察した。
白の半袖カッターシャツと淡いグレーのズボンに包まれた老人の体は、細身だが年相応に脂肪がついて、わき腹も尻もやわらかい丸みをおびている。
男はざわめきを抑えるように、股間に手をやった。目前の形のよい小さな尻――老人は身体にぴっちりと貼りついたズボンを履いていた――薄い布地を通してでも、適度の弾力のある、尻の肉を感じ取ることができる。ベルトで締め付けられた腰肉、双丘の分かれ目の微妙なくぼみ、後ろにぷっくりと盛り上がったあどけない膨らみ――それらが手にとるように薄い布地に浮き出ている。
布地の下のなめらかな動きのひとつひとつを、男は記憶にとどめるように観察した。離れていても、年寄りの男の匂いと温もりを感じ取っていた。
それを今日、自分のものにするのだ。男の心は早くも、目の前で揺れ動くぷっくりした双丘を押し開いて、ズッポリと結合したときの悦びに飛んでいた。
男は心を決めた――よし、行動に移すか。
声をかけられたとき、老人は少しの間、相手が誰であるか思い出せなかった。
ほどなく記憶が蘇ってきた。今の会社に再就職したとき、課長だった男だ。確か一年ほど前、不祥事を起こして会社を辞めたと聞いた。
男は、この近くに自分が住んでいるアパートがある、ちょっと寄って、お茶でも飲みませんか、と誘った。
人のよい老人は、二つ返事で男の誘いを受けた。男が課長だったころは、なにかと親切にしてもらった。まさかこの後、勤勉に、実直に生きてきた人生の中で、最大の試練が待ち受けていようとは、老人にとって思いもしないことだった。
――**――
木造モルタル塗り、安普請のアパートだった。男の部屋は狭かったが、掃除がいきとどいて清潔だった。
10疊ほどのワンルームで、隅のほうに小さな流しセットがある。床は安っぽいカーペット敷き。大きなベッドと小さな食卓が配置され、それだけで狭苦しいほどだ。
男は流し台でお茶の用意を始めた。
その間、老人は食卓の前の椅子に腰掛け、それとなく部屋の様子をうかがった。独り住まいのようだが、50歳にもなって寂しくないのか。そういえば弟のところの息子も、35歳にしてまだ結婚していない。(まったく近頃の若いのは、何を考えているのやら――)そんなことをぼんやりと考えていた。
男がお茶を出した。
老人は一口飲んで、その苦さにちょっと顔をしかめたが、ゆっくりと飲み干した。クーラーはスイッチをいれたばかりで、部屋の中は、ぬるま湯に漬かっているようだった。窓ガラス越しに都会の喧騒が聞こえてくる。
意識がぼんやりとしてきた。やがて、暗闇が老人を包み込んだ。
意識をとりもどしたとき、頭の芯に鈍い痛みを覚えた。
ベッドの上だった。
老人は自分の状況に気づいて、ギョッとした。後ろに回された両手に、テープがきっちりと巻きつけられている。彼は呻き、両手のいましめを解こうと、ベッドの上でもがいた。
それに気づいて、男がベッドのほうにやって来た。男はしばらくの間、無表情に老人の体を見下ろしていた。さほど背は高くないのに、老人の位置からは、大男のようにそびえ立って見える。
やがて、男がベッドにあがりこんできた。ベッドが窪み、老人は自分の体が男のほうに傾くのを、不自由な腕と足をふんばってこらえた。
男は無言で、老人のシャツのボタンを外しはじめた
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