横恋慕

どうやら人間は、他人の持っているものが、良いものに見えるようだ。
ライバルが買い替えたゴルフクラブを見て、必要でもないのに自分も新調したりモテ筋のフケが着ている服を見て、同じものを買い求めたりする。
そんな場合往々にして、手に入れてみると、案外つまらないものだったりする。おそらく、羨ましいという願望と嫉妬心、自分のものにしたいという所有欲が働いて、目的を遂げたあと、ふと現実に立ち返るのだろう。

ここに3人の登場人物がいる。70歳の嘱託社員である安曽古良さん。50歳の奈井須部長。そして60歳の本部長、背久原専務。
奈井須部長は若い頃、レスリングの全国大会に出たほどのスポーツマンである。筋肉質の肉体は、年相応に脂肪がついたが、まだまだ精悍な面影を宿している。ずっと独身を通してきた彼には、人に言えない秘密があった。女性よりも、年配の男性が好きなのだ。
安曽古良さんが嘱託として職場にやって来たとき、奈井須部長はこの新人の老爺に一目惚れする。70歳にしては肌艶がよく、小柄ながらいかにも健康的な体つきで、性格も鷹揚に人を包み込む穏やかさがある。
日が経つにつれ、嘱託社員に対する奈井須部長の思いは募る一方。
ある日、二人きりのとき、思い切って自分の気持ちを打ち明けた。
ヨシさんも部長に惹かれていたが、そこは年寄りの慎み深さ、すぐに返事をするのは、いかにもはしたないと思った。それで、好意を持っているとは伝えたが、愛を受け入れるとは言えなかった。
その後、顔を合わせるにつれ、二人の想いはじょじょに煮詰まっていく。
そんなとき運命の悪戯と言おうか、奈井須部長は、本部長の背久原専務から海外勤務を命じられる。
部長とヨシさんは、表に出せない惜別の思いに、目を見つめ合うばかり。

――それから半年が経つ。
ある日、ヨシさんは背久原専務のお供をして、一泊の温泉旅行に出かける。
その夜、専務は、ヨシさんを部屋に呼び、腰を揉むように命じた。マッサージが得意だと、ヨシさんがつい口を滑らせたのだ。
緊張して、重役の肉付きの良い腰を揉んでいたヨシさんは、ふいに手を掴まれた。引き寄せられながら、背久原専務の含み笑いが聞こえる。
「ふふふ、今度は別の凝ったところを揉んでくれ」
そして大きく膨らんだフンドシの前に、手を導かれた。
(ああ、奈井須部長、ごめんなさい)と言ったかどうかは知らないが、その夜、ヨシさんは背久原専務に後ろを犯された。
あんなことやられたり、こんなことやられたり、果てはこれまで経験したこともない体位で弄ばれて、ヨシさんはいつしか甘い善がり声をあげていた。
その夜以降、ヨシさんは、重役の愛人となり、重役の気が向いたときに、体を許すようになる。

それからまた半年が経過する。思いのほか短期間で、奈井須部長は、海外勤務から日本に戻された。
さっそく二人きりの時間を作って、部長は、老爺の気持ちを確かめようとした。
ヨシさんの心は千千に乱れた。愛を求める奈井須部長の一途さ。その一方で、背久原専務の性戯に慣れきった自分の身体。
この1年間、悶々とした日々を送ってきた奈井須部長は、老人の返事を待っておれなくなった。彼はいきなりヨシさんの、小さな体を抱きしめた。
逞しい腕に抱かれて、ヨシさんの迷いは吹っ飛んだ。二人はしっかりと抱き合い唇を重ねていた。

その夜、ヨシさんは、奈井須部長の逞しい体の下で、桃源郷をさまよった。
なにしろレスリングで鍛えたバックの技だ。最初はやさしく、じょじょに荒々しく、そしてクライマックスの昇天するような悦び――。すっかり終わったとき、ヨシさんは分厚い胸にしがみついて、さめざめと泣いた。
かくしてヨシさんは、本命の奈井須部長と結ばれ、めでたしめでたしである。
それでもひとつだけ、不思議に思うことがあった。背久原専務が自分の体を求めなくなったのだ。まるで自分と部長の関係を知っているように。そして専務の瞳の中には、ヨシさんの知らない別の老人の影があった。

ここで、横恋慕についての考察である。
時系列的に見れば、先に手を付けたのは背久原専務だから、後から日本に戻ってきた奈井須部長が、ヨシさんを横取りした形である。この場合、横恋慕したのは奈井須部長となる。
ちょっと穿った見方をしてみる。
奈井須部長とヨシさんの惹かれ合う想いを、いち早く察知した背久原専務が、職権を乱用する。奈井須部長を遠ざけ、その間にヨシさんをモノにする。
そして、そろそろヨシさんに飽いてきた頃、奈井須部長を日本に戻し、自然の成り行きに任せる――なんてことも考えられる。
そうなると、横恋慕したのは背久原専務になる。
さて、皆さんはどう思われますか?


19/10/01 23:45更新 / 神亀


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