(11)兄弟の対立
ホンジとアレは、ヌシさまと呼ばれる老人の屋敷で3日間、過ごした。
その間、ホンジは老人と一晩だけ床を共にした。
老人は72歳という高齢にもかかわらず、ふくよかな尻をしていた。ホンジは後ろから合体して、驚くほどなめらかな抜き差しを楽しんだ。アレのときほどの刺激はなかったが、穏やかで、いつまでも繋がっていたいと思うような交合だった。
一方、アレはすっかり元気を取り戻して、二人がヌシさまと別れるときが来た。
別れ際に、ヌシさまは飄々として言った。
「お前さんたちと知り合うたのも、天の配分じゃ。元気で旅を続けなされ」
老人と別れた二人は、再び西海道を通って日向へと戻って行った。
先に日向の海岸沿いにある、鵜戸神社に寄った。ここは推古天皇の時代に、社殿が創建されたと言われ、神を祀る社としては珍しい下り宮である。つまり、断崖の中腹にある岩窟内に本殿が鎮座していて、参拝するには、崖に沿って作られた石段を降りていく必要があった。
祭神は六柱の神々で、主祭神はウカヤフキアエズ(天津日高日子波限建鵜葺草葺不合命)である。またこの岩窟は、トヨタマビメ(豊玉毘売)がウカヤフキアエズを生むため、産屋を建てた場所と伝えられている。
二人は本殿で参拝した後、海側の景色を眺めた。左右見渡す限り、日向の海が一面に広がっている。その足元を見ながら、アレが言った。
「ホンジさま、あの大岩が亀石と呼ばれるものです。トヨタマビメが海の宮殿から乗ってきた亀が、石に化したものと伝えられています」
「ほう、アレは本当に物知りだな」
ホンジが感心して言うと、アレは澄まして言った。
「なあに、さっき宮司さまに教えてもらいました」
【三柱の御子が成長して、ホデリ(火照命)は海幸彦とも呼ばれ、海の幸を獲って暮らし、ホヲリ(火遠理命)は山幸彦とも呼ばれ、山の幸を取って暮らしていました。
ある日、ホヲリは兄に釣り針を借りて、海へ釣りに出かけました。ところが一匹も釣れないどころか、大切な釣り針も失くしてしまいました。
ホデリの怒りは尋常でなく、ホヲリがどんなに謝っても許そうとしません。ホヲリは、自分の剣を潰して5百本の釣り針を作りましたが、それでも兄の怒りを鎮めることが出来ませんでした。
困り果てたホヲリが海辺で泣き悲しんでいると、潮の神シホツチ(塩椎神)が通りかかります。
事情を聞いたシホツチは竹で編んだ籠を作り、ホヲリを乗せて海の果てにあるワタツミ(綿津見神)の宮へと送ります。ワタツミはホヲリを歓迎し、贈り物やご馳走でもてなし、頃合いを見て娘のトヨタマビメ(豊玉毘売)を妻として捧げました。
こうしてホヲリは、その国でトヨタマビメと暮らしました。
3年経ったある日、ホヲリはワタツミに、兄とのいきさつを話しました。ワタツミは、海に住まう大小の魚たちを呼び寄せて探索させますと、タイの喉に刺さったホデリの釣り針が見つかりました。
ワタツミはホヲリに、釣り針を兄に返すときの呪文を教え、塩盈珠と塩乾珠を渡しました。ホヲリは一番足の速いワニに乗って、一日で元の海岸に着きます。そしてワタツミに教えられたとおりの方法で、釣り針をホデリに返しました。
するとホデリは日毎に貧しくなり、ついにはホヲリを逆恨みして攻めてきました。
ホヲリは塩盈珠を出してホデリを溺れさせ、兄が許しを請うと塩乾珠を使って水を引かせました。こうしてホデリは屈服し、以後、ホヲリを警護する者となり、子孫の隼人は宮廷に仕えるようになったのです】
二人は鵜戸神社から、海岸沿いの道を北へのぼって、海に突き出た青島にやって来た。この島は、ホヲリが海の宮殿から戻ってきたところで、宮を築いて生活したと言い伝えられる。島の周りは鬼の洗濯板と呼ばれ、岩の軟らかい部分が波に侵食されて、硬い部分が板状に連なる、独特の景観を成している。
また島の中央部分には、珍しい南洋の樹木が生い茂っていた。
二人が都から来た国使だと聞きつけて、陸地側の村長が島に渡ってきた。
「ホヲリノミコトのことをお調べですか。では今夜は是非とも、私共の家にお泊りください。村の長老に、この地に伝わる話をさせましょう」
村長は白髪白髭の老人で、丁寧に二人を誘った。
それに応じて、ホンジは言った。
「それはありがたい。聞くところによると、ここには裸参りという、珍しい祭りがあるそうだが」
「はい。例年、12月の寒い時期に行っております。ホヲリノミコトが海から戻って来られたとき、村人が服を着る暇もなく出迎えた、というのが祭りの起源になっております。よろしければ、今夜そのお祭りをしましょうか?」
「しかし――そんなに急じゃ、皆が迷惑するだろう」
「なあに、お祭りと言っても、焚火の周りで踊ったり歌ったりして、酒を飲むくらいです。逆に村人たちも喜びますよ」
その日の夕方
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