(6)ヤマタノヲロチ退治
【世界の光は回復しましたが、神々は会合を開き、スサノヲの髪や手足の爪を切り、祓い清めた上で高天原から追放しました。天を追われたスサノヲはその道中、食べ物の女神オホゲツヒメ(大宜都比売神)のもとを訪ねて、食べ物を求めました。
オホゲツヒメは、口や鼻、尻から美味なる食料を取り出して、さまざまな料理を作りました。その様子を見ていたスサノヲは、わざと穢れたものを差し出されたと思って激怒し、すぐさまオホゲツヒメを殺してしまいました。
ところが、殺されたオホゲツヒメの身体から、さまざまな穀物が出現しました。頭から蚕、両目から稲、両耳から粟、鼻から小豆、尻から大豆、そして陰部からは麦。
その様子を見ていたカムムスヒ(神産巣日神)は、それらの穀物を採取すると、種にしてふたたび葦原中つ国に授けました】
「これは養蚕と農業の始まりを説いているのだな」
合体転移の幻視から覚めたホンジは、感想を述べた。
「ええ、ホンジさま。そのために、スサノヲが地上に戻る前に、わざわざオホゲツヒメのところに寄らせて、ヒメを殺すような物語にしたのです」
「しかしスサノヲも損な役回りだな。農業の始まりを説くために、神殺しになるとは」
「あれっ、ホンジさまはスサノヲに同情されてるのですか?いつも女の見方だと思っていたのですが」
「馬鹿、同情などしていない。わしをからかうとひどい目にあわすぞ」
「ははーっ!」
アレは大げさに頭を下げて、何事もなかったように説明を続けた。「オホゲツヒメは、穀物の死と復活を象徴する神だったのですね。穀物は収穫のときに刈り取られて一旦死にますが、大地に蒔かれた種から芽を出して生き返る。昔の人々は、それを復活と考えていたのでしょう」
「そういうことだな。さて、次の口述を始めてくれ」
「今夜はここまでですよ。あまり先を急ぐと、内容がおろそかになります」
「――」
この頃、ホンジは気が急いていた。原因は帝の体調がすぐれないことだった。今のままでは、帝が在位中に古事記を献上できそうになかった。
しかし、気ばかり焦っても、これだけはどうしようもなかった。
新しい都、倭京(ヤマトノミヤコ)の造成工事は、着手して10年近く経つが、全体計画の半分ほどしか出来ていなかった。その中央南西部に位置するところに計画された、薬師寺の造営も遅々として進まなかった。
この寺は、天武天皇が鵜野讃良皇后の病気平癒を祈願して、建立を発願したものだった。寺院は完成していないが、皇后は健康を取り戻し、皮肉なことに、今度は帝自身が病気がちになったのだ。
ホンジは中途半端な気持ちを抱えたまま、アレと二人して再び出雲へと旅立った。
天武15年(686年)5月のことだった。
【スサノヲは出雲国の肥の川(斐伊川)、鳥髪に降り立ちました。川に箸が流れて来たので上流に向かって行くと、若い娘を挟んで泣いている老夫婦に出会いました。
話を聞くと、老夫婦の名前は、アシナヅチ(足名椎)とテナヅチ(手名椎)、娘はクシナダヒメ(櫛名田比売)と名乗ります。そして八つの頭を持つヤマタノヲロチ(八岐大蛇)が娘を食べにくる、と告げました。
大蛇の目は赤く熟したホウズキのよう、ひとつの胴体に八つの頭と八つの尾がついている。胴体にはヒノキやスギが生え、体長は谷八つ、尾根を八つ渡るほどに大きい。その腹は爛れ、いつも血が滲んでいる、とのことでした。
スサノヲは大蛇退治を条件に、娘との結婚の約束を取り付けます。クシナダヒメを櫛に変えて自分の髪に挿し、老夫婦に、屋敷の周囲に生垣を作り、それぞれの門に強い酒を入れた桶を置くように言いました。
現れた大蛇が酒を飲んで寝込んでいると、スサノヲは剣でずたずたに切り刻みました。大蛇から流れ出た大量の血で、肥の川の水面は赤く染まります。そのとき大蛇の尾から立派な剣が出てきたので、アマテラスに捧げました。
大蛇を倒したスサノヲはクシナダヒメを妻にします。宮を須賀に定め、雲が盛んに立ち上る様子を見て、歌を詠みました。
――八雲立つ 八雲八重垣 妻ごみに 八重垣つくる その八重垣を――】
ホンジとアレは出雲の国府まで来て、そこの郡家に泊まることにした。
食事まで時間があったので、近くの宍道湖まで散歩した。ちょうど夕日が差していて、茜色に染まる水面が、まるでこの世でないような幻想的な雰囲気を醸し出していた。
そんな景色を見ていると、ホンジは感傷的な気分になって、横に立つアレの身体をそっと抱き寄せた。このときばかりは、アレを心底愛おしいと思った。
アレも妙に大人しく、ホンジに抱かれるままにしていた。
郡家に戻ると、晩飯が用意されていた。宍道湖で獲れる豊富な魚介類が、菜として並んでいた。特にみそ汁に入れた、黒い二枚貝のヤマトシジミがうまかった。二人は久しぶりの御馳走に
[3]
次へ
[7]
TOP [9]
目次[*]
感想