多品治(オオノホンジ)と稗田阿礼(ヒエダノアレ)の新生活が始まった。
43歳と28歳の男二人の生活である。と言っても、毎日、市井より通いの女が来て、食事の用意や家事を済ませるとまた帰って行く。それに二人とも、朝廷での仕事があるので、日中はそれぞれの職場にいる。
二人のために用意された官舎は、品治が女房と住んでいた自宅から、宮城を挟んで反対側にあった。そのこと自体が、まるで品治に、女房のことは忘れろ、と言っているような気がした。
新しい家の造りは、品治の住んでいた家とさほど変わりない。違うのは、裏の庭に東屋があって、薪で湯を沸かす鉄の窯場がしつらえていることだ。東屋の横に井戸が掘られ、庭の隅には簡易屋根の下に薪がうず高く積まれている。
それらを不思議そうに見る品治に、阿礼が説明した。
「王さまが、私のために用意してくれたものです。私は祭祀を司っていますので、毎晩湯を使って、身を清めております」
阿礼のほうが15センチほど背も低く童顔であるのに対し、品治のほうは鷹揚な大人顔だけに、二人が並ぶと親子のように見えた。
新生活の最初の日、二人は向かい合って、改めて挨拶した。品治のほうが年齢も官位も上なので、必然的に上司の言葉使いになる。
「これからお前と共に働くのは、長い年月になるかもしれん。稗田阿礼、なにぶんよろしく頼む」
「はい、多品治さま、こちらこそよろしくお願いします」
阿礼は丁寧に返事をすると、改まった口調で言った。「ところで多品治さまに、ご提案がございます。実は王さまに言われたことですが、品治は少々堅苦しすぎる、少しほぐしてやらんといかんな、と」
品治が怪訝な表情をするのを見て、阿礼はにっこりした。「それで、これからは私のことをアレと呼んでください。私もあなたさまをホンジさまとお呼びいたします」
「それは少々軽すぎるのではないか?」
「いえ、それでいいのです。そのほうが親しみも情もずっと増します」
アレは断定した。見た目、初心な童子のようだが、意外とはっきりとした物言いをする。
その上なおも言った。「それから、私のことは息子と思ってください」
「しかしのう――」
品治は逡巡した。「そうするとお前は、わしが15歳のときの子供となる。ちと計算が合わぬのではないか?」
阿礼がじれったそうに言った。
「だから王さまに堅いと言われるのです。理屈なんかいりません」
そこで阿礼はいたずらっぽい表情をした。「二人が真に心を通わせないと、合体転移の術がうまくいきません」
品治は不思議そうな顔をした。
「帝は、二人が交合して頭で念じた情景を覗き見る術だ、と言われていたが――合体転移とは、いったいどんな術なのだ」
「王さまの言われた通りです。ホンジさまと私が交合して心を通わせたとき、二人の思いが一致して、同じ情景が見えてくるのです」
「交合するってそのう――わしのヘノコをお前の後華に入れるのか?」
「その通りです。ホンジさまは奥さまがおられるから、穴に入れるのは慣れてるでしょう?」
「しかし、穴が違うではないか。後華のように小さな穴に入るのか」
阿礼は、やれやれというように言った。
「大丈夫ですって。王さまとは何の支障もなくやってこれましたから」
(※以降、二人の名前をホンジ、アレと表記する)
次の日からアレは帝紀や旧辞の誦習を始めた。不明なところは、ホンジが教えた。アレは前評判通り、のみ込みが早く、一度教えてもらったことは決して忘れない。
それでもホンジは不思議に思った。アレほどの頭脳なら、28歳という年齢を考えれば、漢文についてもっと知っていて良かった。ところがアレより5歳年下の息子、安万呂と比べても、だいぶ劣っているようだ。
ホンジがそのことを言うと、アレは一瞬ムッとした表情を見せて、言いわけした。
「私は王さまの舎人ですが、本来は神祇官で祭祀を司ることをしていました。それに霊能力が高いことから、巫女の代わりに占い事や舞いなどもしていました。王さまに命じられて、漢文を本格的に習い始めたのは、半年ほど前からです」
夜ともなると、合体転移の訓練が始められた。
「合体転移の術のまえに、まず交合そのものに慣れていただきます。私と交合しながら出来るだけ早く一体感を覚えるようにしてください。そのために最初は、お互いの顔を見ながらやる体位がいいでしょう」
寝衣を脱いだアレは、淡々として言った。
その実アレは、ホンジに対してときめきを覚えていた。
成熟した大人の渋さと穏やかさを滲ませた顔立ち、逞しさと包容力を持つ立派な肉体。実際、身震いするほどの興奮を覚えていた。そんな気持ちを隠すため、あえて事務的に言ったのだ。
一方、ホンジは聞いていて、違和感を覚えていた。(あれこれ言っても、しょせんは閨事をするんだろう。それを官人のように事務的に言いおって)
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