(序)

(序)

7世紀後半、大和朝廷の拠点となった奈良の飛鳥では、遷都がいくども繰り返され、数々の都市が誕生した。
その集大成となる都が、天武天皇により造営された、飛鳥浄御原宮(アスカキヨミハラノミヤ)である。
南北800メートル、東西500メートルにおよぶ宮城で、その北には一世紀ほど前、蘇我馬子により建立された日本最古の仏教寺院飛鳥寺の五重の塔がそびえ立っている。
宮城内には皇族の宮殿が建てられ、右奥の区画には役所群が配置されている。そして、宮城周辺には役所で働く官僚たちや民の家が建ち並ぶ。
さて、この物語は、宮城内内裏の天武天皇の寝所から始まる。

閉ざされた板戸のすき間から、月の明かりが細く、いく筋も差し込み、部屋の様子をおぼろげに浮き立たせている。
広い部屋を衝立で仕切られた一画、木の床に敷かれた獣皮の上に、うつ伏せに横たわる白い裸体があった。なめらかな乳白色の肌は女人を思わせるが、芯のある張りがあることから男だと分かる。少年のようにあどけない童顔だが、一方で成熟した男の聡明さも併せ見せている。
その横で半身を起こした帝は、せわしなく胸を喘がせていた。
大海人皇子と呼ばれていた時代、吉野の豪族たちの助力を得て、大友皇子を倒した。
今は老境にさしかかっているが、当時の武勇を物語るように、まだまだ逞しい体つきをしている。
壬申の乱は、古代史上、最大の内乱であった。その戦に勝った大海人皇子は、それまでの大王(オオキミ)にかわって、初めて天皇の称号を用いるようになった。即位したとき、自ら天武天皇と名乗ったのだ。また、日本という言葉が使われ始めたのも、この頃からである。

荒い息がようやく収まったところで、帝は声をかけた。
「それで――はかどっているのか?」
不意の問いかけだが、男は帝の質問を瞬時に理解した。彼は床に伏せていた顔をあげ、うるんだ大きな瞳で帝を仰ぎ見た。
「はい、王さま。読み方は、ほぼ覚えました。でも漢文は難しゅうございます。漢学者に聞いても分からない文字があります」
帝に対して男は、王さま、と前の時代の呼び方をした。また帝も、その男に限り許していた。二人だけの親しみの表れだった。
「ふむ。しかし、ゆっくりとしてもおれん。前に申した通り、史書には間違いが多い。それを再編集して誤りを正し、お前が暗誦するのだ」
帝の言う史書とは、当時すでにあった『帝紀』や『旧辞』のことである。『帝紀』は朝廷が伝える天皇家の系譜であり、『旧辞』は各氏族が伝える説話や神話である。
天武天皇は国内に向けて、大和朝廷が国を支配する正当性を示すため、新たな歴史書を編纂させようとしていた。
その第一歩が、土台となる『帝紀』や『旧辞』を男に誦習させ、同時に、既存の史書に多くある嘘や誤りを修正することだった。

男の名は、稗田阿礼(ヒエダノアレ)と言った。この春、28歳になる。
15歳のときより帝の舎人(トネリ)として仕え、ときに床のお相手もしてきた。
子供のころは、神の子と見まがうばかりの美童であった。また抜群の記憶力があったことから、帝はことのほか阿礼を寵愛した。
阿礼は成長するにつれ、ヘノコもフグリも人並み以上に大きくなったが、体つきだけは男らしさを欠いて、女のように小柄で、体毛も極端に薄いままだった。
女同様、美童も好む帝は、幼い後華を愛しんでいたが、あるとき手慰めに阿礼の立派に成長したヘノコの皮を剥いて弄んでいると、それが隆々と生え立って、女の陰部(ホト)を突き刺せる硬さになった。なおも扱いていると、先端から若者らしい勢いで白い液体が噴出した。
そのとき、阿礼にも妻帯させねばならんと思ったが、そのままずるずると今日に至っているのだった。

「明日、多品治(オオノホンジ)を呼ぶ」
帝が言った。
「多品治さまですか――」
阿礼がつぶやくように言うと、帝は頷いた。
「ああ、品治だ。あれにお前の師となって、古事記をまとめさせる」
「古事記ですか――」
阿礼は鸚鵡のように繰り返した。
「ああ、新しい史書だ。まあ詳しい話は明日伝える」
言ったあと、帝はフッと笑った。「品治は少々堅すぎる。少しほぐしてやらんと、お前の合体転移の秘術がうまくいかぬかも知れんの」
阿礼はびっくりした。合体転移は誰にでも出来るものではない。祭祀に関わっていた、霊能力の高い者にのみ可能な秘術である。秘伝の書を読み解いた帝と二人して、あれこれと試みている内に、阿礼が会得した術だった。
「王さま、多品治さまを相手に、合体転移の術をやれとおおせですか」
「そうじゃ、朕が何のためお前に、合体転移を覚えさせたと思うんじゃ」
阿礼はそれ以上何も言えず、「ははっ」と言って頭を下げた。

古女房の見送りを受けて自宅を出た多品治は、大きく伸びをして朝の空気を胸いっぱいに吸った。早春の冷気が心地よく身を引
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