(10)

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大石部長の嫌味をさんざん聞かされた後、剛は自分の席に戻った。
今回は彼も、部長にあまり反発できなかった。この一ヵ月ほど、会社の仕事を満足にやっていなかったからだ。
徳永は今井早紀と二人で、ハワイ島に渡っていた。そのことは今井社長に聞いた。徳永の欠勤については、大石部長も追及してこなかった。おそらく今井社長が大石を呼んで、もっともらしい事情を伝えているのだろう。
机に戻って新聞を読んでいるとき、小さな記事が目をひいた。警察が謎の死を遂げた円堂の事件について、国会議員の貝山に事情聴取しようとしていること。ところが貝山本人は心不全のため入院していると書かれていた。
(心不全?)剛はニヤリとした。
(嘘くさいな。身辺がやばくなって、警察から逃げてるだけだろうが。それとも尚子のお灸が効いたかな)
彼はぼんやりと考えた。(残るは榎本ひとりか――)

事情聴取を担当した刑事の話によれば、榎本は行方不明だと言う。おそらく、捜索の手が自分に及んだのを察知して、雲隠れしたようだ。
彼はふと、山中湖の山荘に現れた、目つきの鋭い男を思い出した。おそらく榎本の雇ったプロの殺し屋だろう。
それに、一平たちを殺そうとした老人の件がある。あれも計画的な犯行だ。もしも一平が機転を利かして車から脱出していなければ、警察が海に沈んだ車を見つけても、事故か心中だと思われたことだろう。
これで兄が殺されたという疑いがますます強くなった。彼の出会った目つきの鋭い男か、あるいは福岡にあらわれた老人が、仕組んだ自殺ではないだろうか。
そのとき、机上の電話が鳴った。
「一階の受付です。榊原課長をたずねて、お客さまがお見えです」
「客が?誰だい?」
「河合さまとおっしゃるご老人の方です」
「河合?分かった、こちらにあげてくれ」
剛は電話を切ると、いぶかった。そんな名前の老人は知らなかった。

応接室に行くと、小柄な老人がソファーの上にちょこんと腰掛けていた。剛の姿を見て、老人はあわてて立ちあがった。
「お初にお目にかかります。私は河合と申すものです」
老人は礼儀正しく頭を下げると、名刺をさしだした。
『江戸商事株式会社 顧問 河合浩二』と書かれていた。剛は老人に座るようにうながすと、自分もその向かいに座った。
老人は用件を話す前に、考えをまとめるかのように、少し間をとった。
剛はもどかしさを覚えたが、じっと老人の話し出すのを待っていた。ダークスーツに白髪がよく映えていた。日焼けが定着した顔は、これといって特徴はなかったが、どことなく精神力の強さをうかがわせた。ほっそりとした小さな体も、一本芯が通って、ばねのある体力を思わせた。

「私は、会長の代理で参りました。会長は江戸哲夫と申しまして、亡くなられた今井良尚さまとご親交がありました」
ようやく老人は話しだした。「会長本人がこちらに参ればよかったのですが、あいにく高齢のため脚が弱っておりまして、それで私がお伺いした次第です」
「で、江戸会長は、私に何のご用です?」
老人のおっとりとした話し振りに焦れて、剛は聞いた。
「一度、あなたにお会いして、お話したいそうです」
「でも私は、江戸さんと面識がありませんよ」
「それは承知しております。会長は、あなたと神山薫さまにお会いしたかったそうですが、そのう――神山さんは亡くなられたそうで――」
老人は、ちょっと言葉をにごらせた。「なんでも、うちの会長は、今井良尚さまとお約束をされていたそうです。その中で、あなたと神山さんの名前が出たのです」
「どんな約束です?」
「それは聞いておりません。会長が直にあなたに会って、お話されるでしょう」
剛はちらりと腕時計を見た。
「15分待ってください。やりかけた仕事を片づけますから」

剛は通りに出てタクシーを捕まえた。先に乗った老人が、運転手に行き先を告げた。六本木の地下鉄駅の近くだった。
途中で交通渋滞に巻き込まれたが、小一時間ほどで目的の建物に着いた。レンガタイル張りの瀟洒なマンションだった。まわりはマンションや小型ビル、外国大使館などの混在したエリアで、人通りは少なかった。
「六本木リーセントハウス。立派なマンションですね」
剛は建物を見上げながら、声に出して言った。
老人は口の中で何やらもぐもぐと言うと、玄関脇にあるオートロック解錠の暗証ボタンを押した。それから先に立って、マンション内に入った。ホールのカウンターの奥にいた老管理人が、ものうげにこちらを見ていた。
老人はそのまま、奥のエレベーターホールに進んだ。二人はエレベーターに乗り、最上階の5階で降りた。ドアはひとつしか無い。どうやら最上階は、ひとつの住戸が占めているようだ。
「へーえ、5階は一住戸だけですか。なんとも豪勢な住まいですね」
剛が話しかけるのに反応せず、老人はイ
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