(8)
榊原剛が会社に出勤すると、今井社長から呼び出しがあった。
部屋には今井社長のほかに、藤田会長と総務部長の堀がいた。中でも藤田会長の憔悴ぶりは、はたで見ていて驚くほどだった。
「新聞を見ました。重要参考人とは、あなたのことでしょう?」
開口一番、今井社長が言った。
「そうです。とんだ災難でした」
「何があったのです?」
剛は山中湖の山荘で起きた事件を、簡潔に話した。ただし、円堂の死について、彼が推理したことは省いた。
剛の話が終わると、社長が訊ねた。
「あなたたちを襲った男たちは、何者なんです?」
「プロの殺し屋ですよ。おそらく榎本、あるいは貝山が雇ったのでしょう」
貝山の名前を出したとき、社長が動揺したように息を止めた。
剛はそれを見逃さなかった。
「社長、どうかされましたか?貝山がなにか?」
「なんでもありません。それで、警察の事情聴取では、すべて話したのですね?」
社長の言いたいことは分かっていた。会社に累の及ぶことを計算しているのだ。藤田たちも心配そうな顔をして、こちらを見ていた。
「私はただ、私の兄の自殺に、疑問を持っていると話しました。それを調べていて、兄がメディア21の株を売れと脅迫されていたこと、その先に総会屋の榎本と国会議員の貝山がいる、というようなことを話しました」
彼は藤田会長と堀部長のほうを見た。
「会社が彼らに不正な利益供与をしているなんて、一言も話していません」
二人が剛から目を逸らして、うつむいた。
そこで剛は、突き放すように言った。
「でも、いずれは警察も突き止めるんじゃないですか。そのへんは覚悟しないと」
今井社長はきっぱりと言った。
「私は覚悟しています。いずれは明るみに出ることでしょうから」
藤田は恐れを抱いた表情で、剛を見た。それでも彼は、口元を震わせて言った。
「私も覚悟を決めています。それに――榎本たちへの利益供与の件は、今井社長のご存じないことです。私と堀くんの二人だけでやりました」
社長と堀が、驚いたように藤田会長の顔を見た。
「藤田さん、私をかばわなくてもいいんですよ」
今井社長が言った。
藤田会長は、決意を込めたように返した。
「べつに、かばっているわけじゃございません。もともと社長は反対されていましたからね。とにかく利益供与は、社長の来られる前から続いていたことです。堀くんだって、担当になってからのことです。ずっと関わってきたのは、私ひとりです」
「それで、堀部長は?」
剛の質問に、堀は少しつかえながら言った。
「私も、会長のお考えに賛成です。――私は恥ずかしいことをして――榎本に脅迫されました」
剛はおだやかに言った。
「堀部長、脅迫の件はだれにも言ってませんよ。あなたも必要以外のことは、話さないことです」
堀は目に見えてほっとしたようすだった。
今井社長は、話を打ち切るように立ち上がった。
「脅迫があったとは知りませんでしたが、私も深くは聞かないことにしましょう。とにかくこれを機会に、不正な利益供与は、きっちりと整理します」
そこで剛のほうを見た。「榊原くん、あなたはちょっと残って」
藤田と堀が部屋を出たあと、今井京子は窓際に立って、しばらく外の景色を眺めた。
さまざまな思いが彼女の脳裏をよぎっていた。夫の遺言状の書き換え――あのときは、少なくとも神山薫より自分のほうが、メディア21を切り盛りできると思っていた。
しかし現実は違った。自分には社員に対する影響力がないのを痛感した。彼らは、彼女に対してうやうやしく接してはいたが、それは単に社長という肩書に対してだけだった。
彼女は自信を無くしつつあった。そして彼女のまわりは、予想もできない展開になってきた。あまりにも動きが激しくて、ついて行けそうになかった。それに比べて、いま部屋にいる男は、憎たらしいほどタフに見えた。
彼女は迷いを振り払うと、振り返って、平静に話し出した。
「尚子が大変なことをしました。――貝山先生を死ぬような目にあわせたのです」
剛はすこし動揺した。
「貝山を死ぬような目に――どういうことですか?」
「尚子は、貝山先生のマンションに行って――彼に毒を飲ませたんです」
「――」
「さいわい、先生は一命を取りとめました。もっとも娘の話によれば、最初から殺すつもりはなかったそうです。ただ彼女は、先生の恥ずかしい写真を撮って――」
彼女は話を中断して、机の引出しから一枚の写真を取り出した。それを剛に渡した。
ベッドに横たわる貝山の、醜怪な裸写真だった。太鼓腹に黒々と「女たらしのブタ」と書かれている。そして股間には、黒いレース模様の女性用パンティ――。
剛は声に出して笑った。
「これは傑作だ。これを尚子さんがやったのですか?」
「笑い事じゃありません」
社長がピシリと言った。「尚子があんな恐ろしいこと
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