(1)
アスカビルから移籍した藤沢覚は、新しい職場環境が気に食わなかった。人間関係がわずらわしかったのだ。
とくに第五営業部は最悪だった。部長の大石は、彼が来たことで自分の重役昇進が遅れたと言わんばかりに、敵愾心のこもった態度で彼に接していた。
それよりひどいのは、三課の榊原課長だった。仕事のできる変わり者だと聞いていたが、藤沢をまったく無視していた。
最初、榊原を見たとき、藤沢は驚いた。急逝したアスカビルの前社長、神山薫に驚くほど似ていたのだ。
藤沢は今もって、ときどき神山社長の夢を見る。そして初めて、自分が若社長を愛していたことに気づいた。わがままで横暴だったが、どこか憎めないところもあった。どういうわけか日が経つにつれ、神山薫に対する狂おしいほどの哀惜の想いが募ってくる。
藤沢は榊原を自室に呼んで話をした。
「きみは、私の知っている、ある方によく似ている。まるで兄弟のようだ」
「どなたです?」
「アスカビルの前社長、神山薫さんだ。惜しいことに、先だって亡くなられたが――」
「神山薫は腹違いの兄です」
「ええっ、そうだったのか!じゃあきみが――」
「常務、そんなプライベートなことを聞くために、私を呼んだのですか?仕事があるんで失礼します」
そのときは、榊原のほうで一方的に話を打ち切った。
その榊原が彼のところにやってきて、今夜お食事でもどうですかと誘ったとき、藤沢はキツネにつままれたような気がした。
(どういう風の吹き回しだ、この気まぐれ課長さんは)
彼はちょっと不安になってきた。
連れて行かれたのは、赤坂の料亭だった。榊原の馴染みの店のようだ。わざわざ店の主が挨拶に来た。店主が退席したあと、榊原が切り出した。
「兄と仕事をやっていたとき、貝山博や榎本辰男の話を聞いたことがありますか?」
藤沢は面食らった。
「やぶから棒になんだね?」
兄弟だけあって、榊原は神山薫の性格に似ていた。前置き抜きで本題に入るやり方は、兄同様だ。
「榎本さんは、神山社長が亡くなられたあと、アスカビルの相談役になられた。でも貝山という人は聞いたことがないな。国会議員の貝山さん?」
「そうです。で、榎本について、どんなことを聞きましたか?」
質問に戸惑いながらも藤沢は、以前、神山社長から聞いた話を伝えた。
そのあと話題が、若井会長や奥村社長に移ると、さすがの藤沢も疑問に思って、逆に質問した。
「どうしてそんなことを知りたいんだね?まるで警察の調査のようじゃないか」
榊原はじっと藤沢の顔を見ていたが、意を決めたように話しだした。
「分かりました。実はひょっとして、あなたは榎本サイドの回し者じゃないかと疑っていましたが――あなたを信じて背景の説明をしましょう。ただし、あなたが彼らの仲間だったとしたら、そのときは覚悟してください」
そう言うと、榊原は鋭い目つきで藤沢を見た。
藤沢はたじろいだが、ぐっと我慢してうなずいた。
榊原が話しだした。長い話だった。
そして、あまりにも現実離れした話だった。それでいて、現実のことだと理解できた。前に神山社長は言っていた、腹黒いタヌキが暗躍していると――。
話し終えると、榊原は言った。
「さあ、今度はあなたが話す番です。若井会長と奥村社長のことを教えてください」
藤沢は自分の考えを話した。若井や奥村の人柄、ふたりの社内での行動。それに、人前にはあまり出ない相談役の榎本のこと。
榊原は、藤沢の話が終わると、断定するように言った。
「やはり榎本が黒幕ですね。若井や奥村は彼の操り人形だ」
藤沢は驚いた。
「どうして、そんなことが言えるんだね?」
「兄に聞いた話から推理して――若井は奴に弱みを握られていると言っていました」
榊原はしばし口を閉じた。「榎本は二人を使い分けて、硬軟両方の役をやらせているんでしょう。奥村に圧力をかけ、非情な経営者として突っ走らせる。若井は物分かりのいい会長として、ほかの幹部たちの情報を得る。おそらく3人は、ときどき密かに会って、情報を交換しているはずです。でも指示を出すのは、榎本ひとりでしょう」
藤沢は、榊原の鋭い洞察力に驚嘆していた。まさに神山薫の弟だ。一風変わった言動と、裏にひそむ卓越した頭脳――。
彼は初めて、アスカビル内部で何が起こっていたのかを理解した。なぜ温厚な奥村が、人が変わったように強引になったのか。なぜ若井会長が人当たりのよい紳士になったのか。すべてはその裏に、総会屋の榎本がいたのだ。
榊原が腕組みを解いて言った。
「どうやら藤沢さんは、彼らにとって邪魔者になったようですね。だから、うちの会社に出された――」
藤沢はうなずくと、榊原に訊いた。
「それできみは、これからどうするつもりだね?それだけ情報を掴んでいるのなら、そろそろ警察に話したほうがよくはないか?」
「まだで
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