(5)
一平は榊原に同行して、東都美術館の篠山館長と京都まで旅行していた。彼はその旅行に参加することで、今井社長から早紀のことを言われて以来もやもやとしていた鬱積を、つかの間、忘れることができた。
旅行の前に榊原は言っていた。
「目的は東都写真展だ。それにうちが協賛することだ」
東都写真展は、世界中の高名な写真家から作品が出展される、伝統のある美術展だった。その写真展の協賛会社となれば、はかりしれない宣伝効果があった。しかし現在は、国や都の公共機関のみで、民間会社は一社も参加できていなかった。
篠山は、温室育ちを思わせるふっくらとした身体と、あどけないほどの子供っぽい容貌、そして無邪気で天真爛漫な立ち居振る舞いをする老人だった。
しかし、一見したところ年取った天使のような風貌の裏には、高度の知性と鋭い感性、そして複雑な精神構造が渦巻いているようだ。
「やあ、榊原くん。きみはますます、男らしさに磨きがかかってきたね」
「そういう先生こそ、ますますつややかになられて、男の甘い色気を感じますよ」
「きみ、それを言うなら、男を魅きつける中性的な魅力でしょう。このまえもあるゲイバーのマスターにそう言われましたよ」
東京駅で会うなり、篠山館長は冗舌に話しだした。丸っこいおでこ、薄墨で掃いたような短い眉毛、金縁メガネの奥で幼児のようなつぶらな瞳が、やさしげに輝いている。そんな容貌をして、話す内容は冗談とも本気ともつかない、どぎついことを言う。
一平は、篠山館長に見つめられると、なんとなく落ち着かなかった。
彼はこの日のために、篠山に関するデータを集めていた。篠山は、芸術界では多彩な才能をもっていて、油彩もやれば写真もやる。しかも彼の才気煥発な芸術評論は、世界的に評価されていた。60歳を過ぎて独身だが、彼の私生活はまったくの謎だった。そのうえ彼の写真作品は、女性のヌードより、若い男性のヌード写真が多かった。
「女より男の裸のほうが美しい。とくに若い男がいいね。無駄な贅肉がなく、機能的で、筋肉の微妙な陰影がなんともいえない魅力なんだ」
篠山は新幹線の中で、そんなことを言っていた。そこで一平のほうを、ねちっこい目つきで見ながら言った。
「それにしてもきみ、いい体をしているね。こんど私のモデルになってくれないか」
一平があわてて断ろうとすると、横から榊原が言った。
「もちろん、そのために徳永を先生に紹介したのです」
一平は榊原をにらみつけた。それから、猫が舌なめずりするように、こちらを見る篠山に向かって言った。
「私はそんなにいい体をしていません。着やせするタイプでして、けっこう太っているんです」
「それは、きみの裸を見て判断しようじゃないか。今度、私のアトリエに来なさい」
篠山はそう言うと、自宅の住所の書かれた名刺を差し出した。一平は、その名刺を受け取らざるを得なかった。
彼らは京都に着くと、北山を中心に古い市街地を歩き回った。
金閣寺では、年配のアメリカ人の観光客たちと一緒になった。驚いたことに、榊原や篠山は流暢な英語で、旅行中のアメリカ人たちと、なにやら楽しげに会話をしている。
篠山は軽妙なタッチで、そのアメリカ人たちや道行く人々をスケッチした。
宿に着くとさすがに疲れたのか、篠山は比較的おとなしくなった。
「アメリカ人は、お肉のたっぷりついた人間が多いだろ。昼間会った爺さんたちの尻を見たか。まるで年増女の尻だ。ぼくも彼らといるとホッとするよ」
篠山と榊原は、ソファーのうえで仲良く並んで、ワインを飲んでいた。一平はその向かいに座って、二人の話を聞いていた。
榊原が、篠山の言葉にあいづちをうった。
「その気持ち、よくわかりますよ」
篠山がからんできた。
「おや、分かりますって、どんなふうに分かるんだね」
「聞くまでもないでしょう。先生だってお肉がたっぷりとついた、すてきなお尻をしてるじゃないですか。お仲間意識が働くのでしょう?」
榊原の言葉に、篠山が子供っぽくむくれた。
「きみ、はっきり言ってくれるじゃないか。ま、いいか。榊原くんの好みなら、ぼくも嬉しいよ」
風呂上がりの篠山は、無邪気な幼児のようにほっこりとしていた。
ウェーブのかかったロマンスグレーの頭髪、血色のよいなめらかなほっぺた。人好きのするつややかな顔は、64歳の年齢より若く見えた。
一平は奇妙な気がした。彼が読んだデータによれば、この人物は文化勲章だけでなく、海外からも多くの名誉勲章を受けていた。その有名人が、旅館のユカタを着て、榊原のような一介のサラリーマンと膝を接して腰掛け、まるで親子のように語らっているのだ。
そこには一平の入り込めない、特別の親密さを感じた。
篠山が榊原に向かって、ポツリと言った。
「きみは昔とくらべると変わったな」
「どう変わりました?」
「20
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