(9)
二日後、一平は提案書を持って、東横テレビ局に来ていた。その日は珍しく、榊原が同行していた。
「なんや、榊原さん。生きとったのか」
「なんだか会長のお言葉を聞いていると、私が生きているのが不満そうですね」
「それは、いじけた見方だ。わしは素直にあんたとの再会を喜んでいるんだ」
「ありがとうございます。そんな有り難いお気持ちを、無愛想に言っていただいて」
「どうせわしの顔は無愛想だ。しかし、あんたが陰で糸を引いてるだけあって、この若い人も、なかなかしたたかな男になってきたな」
「会長、おっしゃってる意味がよく分かりません」
「またタヌキが始まったな。とぼけタヌキが」
のっけから小山会長と榊原の、丁々発止のやりとりが始まった。
一平は内心驚いていた。会長がこんなにおしゃべりな人だとは、思ってもいなかった。それが榊原を相手にすると、次から次と言葉が飛び出すのだ。
「で、今日は何の用だ?」
会長の質問に、榊原が目で一平に合図を送った。一平はすかさず、用意した提案書をカバンから取り出した。
「スタジオ設備の提案書です。よろしくご検討ください」
佐伯が書類を手にとって、中身をあらためだした。それを横目に、会長が言った。
「提案書だって?もう期限切れだぞ」
「ええっ!でも提出期限は、今週いっぱいだと聞いておりましたが」
一平はあわてて言ったが、急に不安になってきた。
「きみの勘違いだろう。各社の提案書は、もう役員会のメンバーに回っているぞ」
会長が突き放すように言った。
一平はめまいがしてきた。
(まさか、そんな――)彼はあわてて榊原のほうを見た。
意外なことに、榊原はちっとも慌てていなかった。
そのとき、書類を見ながら、佐伯がのんびりとした口調で言った。
「大丈夫ですよ、会長。まだ書類は回っていません。来週の役員会で配りますから」
小山会長はグッと詰まって、佐伯のほうをにらみつけた。
「――ああ、そうだったか。しかし、どこになるか、今回はえらい激戦になりそうやな。今のところ、前からお付き合いしている会社が最有力やけど、どうなるか分からん。まるでルーレットゲームや」
榊原がのんびりと言った。
「でも会長のお力で、うちの会社にして頂けることを、私は信じています」
会長がオヤという顔で、榊原を見た。
「なんでそう信じるんだ。その自信がよく分からんな」
「なんとなくそう思っているだけです。うちの製品は性能、価格とも、どこの会社にくらべても引けを取りません。それに、これまでずいぶん会長や佐伯さんとは、麻雀やゴルフのお付き合いをさせて頂きました。あ、いや、あれは個人的なお付き合いですから、気になさらなくてもいいんですよ」
「それで――?」
「徳永だって、ずいぶん会長や佐伯さんに鍛えられて――きょうはその御恩返しに、お土産を持ってきました」
「なんや、御恩返しのキスなんて無しだぞ」
「違いますよ――でも会長がキスをお望みなら」
「よせっ、それでなんだ?」
榊原はスーツのポケットから品物を取り出した。なにやら古めかしいカードの束が、輪ゴムで束ねられている。それを受け取ったとたん、会長が目を輝かした。
「おい、これは大リーガーのカードじゃないか。すごい!ジョー・ディマジオだ。
お、ベーブ・ルースもある。――これはミッキー・マントルじゃないか。わしが欲しかった時代のものばかりだ」
「実家の蔵にあったものです。死んだじいさんが、趣味で集めていましてね」
榊原が、罠にかかった獲物を見る目つきで、会長を見ながら言った。
聞いてる一平は、福岡での斎田社長のことを思い出した。このぶんだと榊原課長の実家には、よほど沢山の宝物があるようだ。
会長は、慎重にカードを繰りながら言った。
「ふーん、そうか。しかしこれは貴重なものだぞ。本当にこれをわしにくれるのか?」
「そのために持ってきたのですよ。で、会長、来週の役員会はよろしくお願いします」
会長は、カードを調べることに夢中だった。彼は上の空で言った。
「ああ、約束はできんけどな」
途端、榊原は会長の手からカードを取り戻した。
「あ、そうですか。じゃあ役員会の結果を、楽しみにお待ちしています」
カードを取られた会長は、おもちゃを取り上げられた子供のような表情を浮かべた。
「ちょっと待て!そのカードは、わしにくれるんじゃなかったのか?」
「ええ、今日は会長のお気に入るかどうか、ご披露目ということで。こんど来るときは、もっとたくさん持ってきますよ」
「まだあるのか。きっとだろうな?」
榊原はカードをポケットに入れると、立ち上がりながら言った。
「ええ、役員会がうまくいきましたらね」
――◇――
メディア21は、東横テレビで使う映像機器類を納入することに決まった。
その納入契約が無事とりかわされた日の夜、榊原剛
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