(4)
アスカビルの神山社長は、重役たちの前に、あまり顔を出さなくなった。
会社にいるときは、社長室に引きこもることが多く、またどこへ行くのか、よく外出していた。たまに社内で藤沢たちと顔を合わせても、いつものいたずら好きはすっかり陰を潜めていた。
しかも彼は、藤沢たちの名前を普通に呼ぶようになっていた。重役たちは、社長に名前を呼ばれるたびに、いつも尻のあたりがムズムズとしてくる思いがした。
「社長はどこに行かれてるんだ。最近、よく外出しているようだが」
藤沢は秘書の宮内を呼んで、社長の情報を得ようとした。
「さあ、どこに行かれているか、私にも分かりません」
「だけど社長は、どこに行くにも、いつもきみを連れていたじゃないか」
「それが、どういうわけか、最近は私を同行させてくれなくて。――口の固い私でも信用していないみたいで」
藤沢はびっくりしたように、宮内の顔を見た。
「きみの口が固いというのは、初めて聞いたけど――。ところで、近頃の社長は、ちょっとおかしいと思わないか?」
こんどは宮内のほうが、藤沢の顔をみつめた。
「社長がおかしいって、どういうことです?」
「きみだって感じているだろう?最近の社長は、えらくまともじゃないか。それに、心ここにあらずってご様子だ。この前、私が社長を諌めたことだけど、正直なところ、ちょっとお灸が効きすぎたかな、と気になっていたんだ」
それを聞いて、宮内がやれやれと言うように首を振った。彼はため息をつくと、部屋を出て行こうとした。
「なんだ、宮内くん。どうしたんだ?」
秘書の態度に、藤沢が不審そうに聞いた。
「甘いんですよ、常務」
宮内は振り返ると、同情するように藤沢を見た。「あの方が人に意見されて、すごすご引っ込むと思っておられるんですか。今頃は爪を研ぎながら、いろいろと陰謀をたくらんでいますよ。その内ひどい仕返しをされないように、せいぜいお気をつけられることです」
次の週から、宮内は出社しなくなった。
「社長、宮内くんは会社を辞めたそうですが」
藤沢は社長室に入るなり言った。
「まあ、ここに座れ。――これまで宮内は会社員なのか、おれの私設秘書なのか、はっきりしなかったからな。公私のけじめをつけるために、辞めさせたんだ」
藤沢が向かいに腰を落ち着けると、薫は事情を説明した。「宮内は親父の家に戻した。考えてみると、おれはいつも誰かに身の回りの世話をしてもらっていた。これからは一人身の苦労を味わってみる。どこかのジジイが言ってたように、真面目に人間をやるんだ」
そこで薫は、同意を求めるように藤沢を見た。
社長のあまりにもいじらしい言葉に、藤沢は一瞬たじたじとなったが、気を取り直して同情するように言った。
「私も銀行の支店長時代は、単身生活を送った経験がありますけど――けっこう不便なものですよ」
「大丈夫だ。こう見えても、おれは意志の固いほうだから」
「でも社長は、洗濯機の使い方をご存知ですか?食事を作られたことはありますか?」
藤沢の言葉に、薫は少し考えた。
「覚えるさ。藤沢、お前はやったことがあるのか?」
「もちろん、ありますよ。私は社長と違いまして、一般庶民ですからね」
「相変わらず、一言多いな。今度おれのマンションに来て、教えてくれ」
「それは遠慮します。――身の危険を感じますから」
「なんだ、その言い方は」
「いつかのことがありますからね。それよりも社長、手っ取り早い解決策がありますよ。ご家族のかたたちと、ご一緒に生活されることです」
「その話は無しだ。それより、今夜付き合え」
藤沢はぎょっとした。
「いやですよ、社長。私は、そんな麻疹はとっくに治ったと言ったはずです」
「バカ、そんなことじゃない。おまえに大事な話があるんだ」
藤沢は神山薫と食事をしていた。ホテルの最上階にあるレストランで、彼らは落ち着いた窓際の席にいた。
「アスカビルの株主は、平和銀行とメディア21だけではなくなった」
薫はおもむろに言った。
驚いた藤沢は、若社長の顔を黙って見た。
「ET興産が40パーセントの株を取得した。ほかの二社は30パーセントずつだから、ETが筆頭株主だ」
「ET興産?」
「ああ。スピルバーグの映画じゃないぞ」
そのとき料理が届いて、薫は話を中断した。
店員が立ち去ると、藤沢は食事をしながら聞いた。
「社長は、前からそのことをご存知だったのですか?」
「おれに相談なしだ。手続きのあと、若井頭取に聞いた。今日、銀行に呼ばれてな」
藤沢は憤慨して言った。
「でも、社長に相談なしとは――ひどい話ですね」
「ああ。どうやらタヌキが暗躍しているようだ。それも、腹黒いタヌキがな」
薫は投げやりに言った。
藤沢はハッとして社長を見たが、その顔にはなんの表情も浮かんでいなかった。
「若井頭取は、事情を説明され
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