(10)
一平は今井相談役の前で、かしこまっていた。彼の両サイドには、榊原と小宮山が座っている。今日の主役はきみだと言って、榊原が彼を席の真ん中に据えたのだ。お酌を受けながら、すこぶる機嫌が良い相談役に対して、榊原のほうは珍しく硬い表情をしていた。
「きみが徳永くんか。根性のありそうな、いい顔つきをしている」
「――」
一平は黙って頭を下げた。
「それから小宮山くん、ご苦労さん。きみたちのお陰で業績が飛躍的に伸びた、と喜多会長が喜んでいたぞ」
「ありがとうございます」
小宮山も固い表情をして、言葉少なに返事をした。
「おい、どうした、みんな。そんなにかしこまらなくていいんだぞ。さあ、膝をくずしなさい」
慣れぬ正座にしびれのきていた一平は、ホッとした。彼は榊原たちが膝をくずすのを待って、自分もそれに倣った。
「喜多会長とは、古くからのお付き合いでね。あの人とは、何でも話し合える仲なんだ」
相談役はゆっくりと酒をすすると、話をつづけた。
「この前も、喜多さんとご一緒したんだが、彼は言っていたぞ。メディア21の社員は、みんな礼儀正しい紳士だってな」
そこで相談役は、榊原のほうをジロリと見た。「ただ一人を除いてはな」
榊原はなんの反応もみせずに、かしこまって徳利を相談役に差し出した。それを受けつつ相談役は一平に微笑みかけた。
「どうだ、徳永くん、営業の仕事は?」
「はいっ、やりがいのある仕事だと思います。――でも、むずかしい仕事だとも思っています」
「むずかしい仕事――どうしてそう思うんだね?」
「それは、あのう――けっこう営業の仕事も、作戦が必要なことが分かりましたから」
「ほう、作戦か。どんな作戦だね?」
一平はそっと榊原の方を見た。榊原はそ知らぬ顔をしている。彼が黙っていると、相談役が返事をうながした。
「どうした、先輩たちに遠慮しなくてもいいんだぞ。思ったことを正直に話せ」
「――」
一平は話せなかった。彼は榊原の営業手腕を認めていたが、そのやり口には賛成していなかった。榊原のあの手この手のやり方は、まるでタヌキの化かし合いだ。もっと正攻法でやれないものかと、彼は考えていた。しかし、そのことを今井相談役に言ったら、榊原を陥れるような気がした。一平は、かたくなに沈黙を守った。
「どうした、徳永――よっぽど上司の教育が行き届いているらしいな」
そこで相談役は小宮山のほうを見た。
「おい、小宮山、喜多会長に使った作戦は何だ?」
「作戦だなんて――そんなものはありません」
矛先が自分に向けられて、小宮山はあわてて否定した。
相談役は眉を曇らせて、小宮山の顔をまっすぐに見た。それを見て一平は、雷の落ちる不吉な前兆を感じた。
「小宮山、きみは商売上の駆け引きだというのに、なんの作戦も考えないのか?」
「いえ――考えています」
小宮山の額に、じっとりと汗が浮かんでいた。「喜多会長のところにお伺いするときは、事前に榊原さんとじっくり作戦を練ってから行きます。でも、決してやましいことはやっていません――」
相談役は、ねめつけるように彼を見た。
「ほう、やましいことと誰が言った?」
そのとき榊原が、その場をとりなすように言った。
「まあまあ相談役、そう私の課の人間を苛めないでくださいよ。ささ、一杯」
榊原が相談役の空いた杯にお酒を酌んだ。それから彼は、固い口調で尋ねた。
「ところで相談役、アメリカにいる篠山さんのニュースをご覧になったとおっしゃっていましたが、どこの新聞に載っていたのですか?」
「うん、どの新聞だったかな?――たしか、日経だったと思うけどな」
「へーえ、でもおかしいなあ。だって今日、その篠山さんから電話がありましてね。彼は言ってましたが、今年は一度もアメリカに行ってないそうですよ」
「じゃあ、わしの勘違いだ」
相談役はあっさりと認めると、榊原の顔を鋭く見た。「ところで、きみはさっき、私の課の人間と言ったな?」
「あれっ、そんなこと言いましたか?」
「ああ、たしかに言った。あれできみが、会社の組織や社員をどんな風に考えているか、よく分かった」
「――」
「あれは自分の所属する部署を私物化した表現だ。きみはちょっと、思い上がっていないか?」
「――」
「どうなんだね?」
「そんなことは考えていませんよ」
榊原は憮然として言った。
今井相談役の声がすこし大きくなった。
「しかしきみは、私の課の人間と言ったじゃないか」
榊原は肩をすくめた。
「言葉のはずみですよ。そんな些細な事は、いちいち気にしていません」
そこで少しの間があった。
「ばかもん!」
相談役が鋭い声で一喝した。まるで部屋の空気が、ピリピリッと震えるような声だった。一平は思わず、すくみあがった。
「その態度はなんだ!ちょっと仕事が出来るからと言って、お前は何様のつもり
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