(四)
お城医師の小壺芳美は、ふたたび羽室山の円想寺を訪れていた。
城でお上とご家老が話していたことは、とても黙って見過ごせるものではなかった。
しかし相談する相手がいない。そこで思い余って、首藤宗定のもとにやってきたのだ。
芳美の話を聞き終わった宗定は、しばし考えたあと、口を開いた。
「このことは他言していないな」
「はっ」
「ならば忘れろ」
「――」
ご前のあまりの言葉に、芳美はあっけにとられた。
宗定が、噛んで含めるように言った。
「われらは、政(まつりごと)に口出しすべきではない。頼宗の若さは、家老の長尾将左衛門が補ってくれる。長尾に任せておけ」
そこまではっきりと言われると、芳美は何も返せない。そこで、前から疑問に思っていたことをご前に聞いた。
「風間新之輔さまが犯した罪とは、どんなことでございましょう」
宗定は腕を組んで、しばらく目を閉じていた。
それから、おもむろに話しだした。
「一昨年、頼宗の正室孝子は、父親の葬儀に出るため、江戸から京にのぼった。孝子は公家の出だ。そのお供の中に、新之輔と江戸詰めの小姓菊千代が加わっていた。葬儀は無事終わって江戸へ戻る途中だった。孝子と新之輔、それに菊千代の三人が四日間、姿をくらませたのだ」
一息ついて茶を飲むと、宗定はつづけた。
「あとで分かったことだが、孝子の一行は、箱根の関所を通り過ぎたあと、山賊に襲われた。多勢に無勢でお付きの者たちが殺されていく中、新之輔は、孝子と菊千代を助けながら逃げのび、無人の番小屋に身を潜めた。幸い新之輔は、山で生きる術(すべ)を身につけていた。川魚や山菜を採って食いつなぎ、助けがくるまで番小屋で過ごした」
そこで、しばし間を置いて、
「新之輔の罪は、そのとき孝子と不義を働いたという疑いだ」
「――」
芳美が黙っていると、宗定は付け加えた。
「それについて、新之輔はいっさい抗弁しなかった」
「ということは、不義は実際あったのですね」
ご前は微妙な表情をした。
「そうではない。余は新之輔が女を抱けぬことを知っている。あれが九歳のとき、目の前で母と姉が暴徒どもに犯され、なぶり殺しにされている。だから女を抱こうとしても、そのときの情景がどうしても目に浮かんでしまうようだ」
「ならば新之輔さまは、無実ではないですか」
芳美が言うと、ご前は皮肉な笑みを浮かべた。
「江戸詰めの小姓、菊千代だ」
「えっ」
芳美は訳がわからなかった。
ご前が説明した。
「頼宗は、孝子との不義を口にしつつ、その裏では、菊千代と新之輔の仲を疑ったのだ」
「――」
予想外の話に、芳美は言葉が出なかった。
「頼宗は菊千代を寵愛していた。わしが耳に入れた話によると、菊千代が孝子のお供をしたのは、一度京を見てみたいと言う菊千代の願いを、頼宗がかなえてやったそうだ」
「――」
「その菊千代は無実を訴えて、自害して果てた」
芳美はご前の言葉を反芻して考え、思ったことを口にした。
「ご前は、新之輔さまと菊千代が、本当に不義を働いたと思われますか」
「それはない」
宗定はあっさりと否定した。
「新之輔が親を失ったとき、わしのもとにいた昌造という男を、世話役に付けた。その後、成長した新之輔が心の傷を負って、女を抱けないと知ったとき、昌造に女代わりをさせた。その結果、老爺の身体に馴染み過ぎたか、新之輔は若衆にまったく興味を示さない。だから、ふたりの仲が疑われたのは、おそらく菊千代の片思いが原因だろう」
「ならば――」
芳美が意気込んで言おうとすると、ご前が手で制した。
「海滑藩主は頼宗だ。余が政に口出しすれば、藩はどうなると思う。求心力を失って分裂してしまうだろう」
釈然としないものを感じながら、芳美は、ご前の冷徹な横顔を見守るばかりだった。
――**――
城から使いが来て、閉門を解く、と言われたとき、風間新之輔は心底驚いた。いずれは切腹の上意もあるかと思っていたからだ。
使者は告げた。
「来る三月の十六日に出仕して戴きたい。それまでに、住まいは用意しておきます」
海滑藩は毎月一日と十五日を休みにしている。したがって、月の中日の休み明けを、出仕日にしたのであろう。その日まであと五日の猶予がある。
使者が帰ると、新之輔はいつもと変わらず庭に出て、諸肌脱ぎになって真剣を振った。半刻ほど鍛錬して、縁側で汗を拭いた。
「閉門が解けた」
新之輔がひとこと言うと、背中を拭いていた昌造が応えた。
「それはおめでとうございます」
「今月十六日から城に出仕する」
「毎日、欠かさず鍛錬した甲斐がございましたね」
「ああ、自己流だが」
言って、新之輔はふっと笑った。
子供の頃、町の道場で剣術の稽古を見たことがある。みんな洗練されて強そうに見えた。屋敷に戻ってそのことを話すと、昌造は言った。「新之輔さまは新之輔さま
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