(9)

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一平は、榊原と一緒に行動することが多くなった。また、社内のことも少し余裕をもって見ることが出来るようになった。
機略縦横な榊原課長と、正攻法を重んじる大石部長の考え方は、正反対だった。当然のことに、二人は水と油のように、ことごとく対立していた。
鈴木妙子の話によれば、顧客との交際費の申請は、大石部長の判断によって、ことごとくはねつけられているそうだ。そのこともあって、榊原課長は、上司の許可が必要なときは、もっぱら温厚な今井本部長のところに行くようだ。今井常務は大石とちがって、寛容的な紳士だったからだ。

ある朝、めずらしく、今井相談役が、営業本部のオフィスに姿を見せた。小柄ででっぷりと太った老人だが、どことなく近寄りがたい威厳があった。
相談役の姿を見て、一平は緊張した。社員たちの噂では、今井相談役はメディア21の大株主であり、平和銀行の会長職ほか数々の肩書きを持った財界の超大物だ。その上、これまで会社の重役たちが、こっぴどく叱り飛ばされたことが多々あるそうだ。

今井相談役が部屋に入ってきたとき、彼の甥にあたる今井常務のデスクの横では、大石部長と榊原課長がなにやら声高に言い争っていた。それを我関せずと、今井常務はのんびりと新聞を読んでいる。ほかの社員も、なにごともないかのように、熱心に自分の仕事にとりくんでいた。
長身の若い課長と、背の低いずんぐりした営業部長が、まるで親子げんかのように胸を突き合わせてやり合うさまは、辛辣な言葉の応酬のわりには、どことなく愛嬌のある光景だった。
「勝手にゴルフに行くなとあれほど言っただろうが!そんなことも守れないのか!」
「お客さまのお誘いですよ」
「だれだ!」
「横浜放送局の小山会長です」
「あそことは取り引きがないじゃないか!」
「だから取り引きしてもらえるように、営業に行ってるんです。それに、ゴルフの許可は本部長にいただいています」
「――」
大石は言葉に詰まった。それから彼は、デスクの今井本部長のほうを意識して見ないようにして、榊原に言った。
「――いいか榊原、私に断りなく接待費をつかうな。今後一切だ」
「なんのことですか?」
「ははん、とぼけおって。このまえ小宮山とお前は、一晩で30万円も使っただろうが」
「ああ、あのことですか」
「ああ、あのことだ」
「おかしいなあ、部長に報告しませんでしたっけ?」
「聞いてない!とにかく、金を使うんなら、前もって正々堂々と私のところに許可を求めに来い」

今井常務は見ている新聞から顔を上げたところで、部屋の入り口にいる相談役に気づいた。相談役が口に人差指をあてるしぐさをして、手招きした。
常務は口論をつづける二人をそのままに、そそくさと相談役のほうにむかった。
二人は叔父と甥の間柄だが、年齢は10歳と違わない。それに社内では、あくまで第三者の立場を守っていた。

常務のデスクの横では、二人の口論はなお続いていた。
「ぼうや、自分を何さまだと思っているんだ。ちょっと仕事ができるからといって遊び歩きおって。給料が天から降ってくるとでも思っているのか?」
榊原は強気にでた。
「いまは種蒔きの時期ですよ。そのうちガンガン注文が殺到するようになります」
「口だけ達者になりおって。もっとも、お前が種蒔きするのは違う対象かも知れんが」
大石はニヤリと笑った。
「大石さん、はっきりと言ってくださいよ。対象がなんだって言うんですか?」
「もういい!とにかく、金とヘソから下のモノばかり使っていないで、ちっとは頭と足を使えってことだ」
「ヘソから下のモノを使うなって――私はまだ部長のように衰えていないんだ。それは無理な命令でしょうが」
「んぐぐぐ――」
大石が拳を握り締めて、榊原ににじり寄った。

部屋の入り口では、相談役が二人のやりとりを、呆気にとられてみていた。彼は横にきた甥に聞いた。
「朝っぱらから、二人は何をやってるんだ?」
今井常務は、のんびりと答えた。
「いつものことですよ。最初はちょっとした嫌みの言い合い。それから、だんだんエスカレートしてきて、最後には口角泡を飛ばして、ののしり合い。でもご心配いりません、取っ組み合いまではいきませんから。それに3時間後には、二人仲良く昼飯でも食べていますよ」
相談役は不思議なものでも見るように、甥の顔を見た。
「おまえの本部では、いつもこんなことをやっているのか?」
「そんなことはありません。120人の営業部員のうち、たった二人だけです」
そう言って、今井常務は無邪気に微笑んだ。

榊原は、大石部長になんと言われようと、自分のやりかたを変えるつもりはないようだ。名刺交換をしたことのある財界のトップたちへ近づき、ゴルフや麻雀、会食を通じて親交を深め、また彼らから紹介を受けたほかの企業トップへ近づいていく。

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