(8)
斎田社長と榊原の、囲碁の対局が始まった。
一平は榊原の横で、二人の対戦を見守った。囲碁は知っていたが、二人の腕前は、はるかに上だった。そしてまた、二人の棋風がまったく違うのに気づいた。
斎田社長が、正統派らしくバランス感覚のある打ち方をするのに対し、榊原は攻撃的で、機略あふれる打ち方をした。
形勢は揺れ動いた。二人はすっかり碁に没頭して、次の手を読みふけっている。盤面をにらみつけ、ブツブツとつぶやき、まるで真剣勝負そのものだ。
中盤にさしかかって、ようやく勝負が見えてきた。盤の中央部分に、老人の大きな陣地ができあがりかけていた。勝利を確信した斎田社長は、ソファーにふんぞり返ると、盤をにらんで呻吟する榊原の顔を、小気味良さそうに見ていた。
榊原は顔を真赤にして、盤をにらみつけている。それから黒石をつかみ、おもむろに盤上に置いた。相手の陣地内に爆弾投下する、勝負手だ。
「おやおや、元気のいいことだ。しかし、飛んで火に入る夏の虫だな」
斎田社長がすかさず応戦した。
小考して、榊原が最初の石から桂馬飛びに石を置いた。
「しかし、きみもしつこい男だな。負けず嫌いと言うか、往生際が悪いと言うか――」
斎田社長は、うんざりしたように言いながらも、慎重に読んで次の手を進めた。数手進んだとき、場が少しもつれてきた。それとともに、老人の軽口も聞こえなくなった。
いまや盤上は、くんずほぐれつの大乱戦となっていた。
30代の男とその倍も年上の老人は、顔を真赤にし、眼をギラギラと輝かせて、一心不乱に次の一手を読みふけっている。
一平は半ばあきれかえった。たかが囲碁の勝負に、まるで命が懸かっているかのようだった。二人とも、相当の負けず嫌いだ。
ついに決着をみた。
榊原が妙手を放って、迎え撃つ老人の陣地内で生きてしまったのだ。斎田社長は膝を握り締めて、見るも無惨な盤上をにらみつけていた。それを榊原は、涼しげに見ている。
「勝負はつきましたね」
「――」
すこしして、斎田社長は押し殺した声でつぶやいた。
「――わしが勝っていたんだ」
「そう、途中まではね」
榊原がさわやかに言った。
「いいや、途中で勝負はついていた」
「とんでもない。勝負は下駄を履くまで分かりませんよ」
「いいや、わしが勝っていた」
「斎田さん、そんなしつこいことを言わずに、潔く負けを認めなさい」
「しつこいのはお前じゃ!」
斎田社長が怒りだした。
榊原は、オヤと言う顔で、老人を見た。
「斎田さん、たかが囲碁の勝負じゃないですか。なにもそんなに、ムキになることもないでしょうが」
「ムキになってるのはお前のほうだ。お前のような厚かましい男は嫌いじゃ!」
老人の言葉に、榊原はその顔をまっすぐに見返した。
一平はいたたまれずに、下を向いていた。その彼の耳に、榊原課長の声が聞こえてきた。
「斎田さん、不幸な老後を過ごしたくなかったら、そんな憎まれ口はよしたほうがいいですよ」
「なにいっ!この青二才が!もうお前とは取り引きしないぞ」
「ああ、結構ですよ。ただし、さっきの約束は守ってもらいますからね」
「何の約束だ。わしは知らん!」
「知らないだと?爺さん、尻を引っぱたくぞ」
「ほう、やっと本性を表わしたな。じゃあわしは、お前のちっこい逸物を握り潰してやる」
「爺さん、それはやめときな。おれのでっかい持ち物を見たら、ひどい劣等感に陥るからな」
そこで斎田社長は、小柄な体を震わせて怒鳴りだした。
「帰れっ!尻に帆をかけて、とっとと失せろ!」
「また、やってしまいました」
「やっぱりな。だから私は、一緒に行かなかったんだ」
ふたりは支社に戻って、支社長の部屋にいた。それにしても支社長と榊原は、客先での口喧嘩を、他人ごとのように話していた。
一平の顔を見て、支社長が言った。
「榊原くんと斎田社長が口喧嘩するのはいつものことだ。ウマが合うからな」
(ウマが合うから?)
一平は訳が分からなかった。
榊原が横から説明した。
「あの爺さんは、意外にシャイなんだ。おれに負けたのはくやしいが、敵ながらあっぱれだという気持ちもあるんだ。だからああやって、喧嘩を吹っかける。だけど本心からじゃない。その証拠に、壺を持って帰れとは言わなかっただろう」
「――」
「今頃は、よだれを垂らしながらあの壺を撫で回しているよ」
そこで榊原は、旅行鞄をごそごそとかき回していたが、大きな封筒を取り出した。
「番匠さん、ヨカトシティーの提案書です。開発事業本部の連中の尻を叩いて、大至急作らせました」
「ええっ!もう用意していたのか?」
「ええ、開発の堀部長はとても協力的ですからね。彼に頼めば、徹夜してでもやってくれますよ」
「頼んだというよりは、脅迫したんだろうが」
支社長は封筒を受け取ると、中身を取り出した。
5、6枚ほどの台
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