(7)
一平は、風呂敷き包みを膝にしっかりと抱え、故郷の地形を空の上から見下ろしていた。その品物は、榊原が静岡から電話をかけてきて、鈴木妙子に預けているから持ってきてくれ、と命令されたものだった。そのとき榊原はつけ加えて言った。「それは高価な陶磁器だ、もしも壊したら、おまえが一生働いても弁償できないものだ。大切にしろよ」と。
空港に行く途中も、飛行機に乗ってからも、心の休まるひとときがなかった。それでも飛行機が故郷の上空まで来たとき、一平は少しホッとする気分になった。
海に突き出た志賀の島に、細波がゆったりと押し寄せていた。春の海は陽光にきらめいて、白っぽく見えた。
飛行機が陸地に進入態勢をとったとき、市街地が見えだした。湾岸部に立ち並ぶビルやドーム球場――福岡は時代の波をかぶって、新しく生まれ変わろうとしていた。機体が傾いて、彼の実家のある緑の丘陵地がチラリと見えた。家を離れてまだ一カ月しか経っていないのに、不意になつかしさがこみあげてきた。
今回の福岡出張は、急のことだった。彼は出張申請を妙子に預けて、何の準備もなしに旅立った。榊原とはメディア21の九州支社で待ち合わせ、とだけ聞いていた。
一平は地図を片手に、福岡のビジネスの中心街、天神にある九州支社に行った。
女子社員に案内されて支社長室に行くと、先に到着していた榊原課長がいた。彼は一平が忘れ物をしていないか、と鋭い視線を送ってきた。一平が風呂敷き包みを持っているのを見て、表情が和らいだ。
「忘れなかったようだな。中身は大丈夫か?」
「大丈夫ですよ。飛行機の中でも、ずっと膝の上に抱えていましたから」
「そうか、ご苦労さん」
榊原は包みを受け取りながら、支社長に一平を紹介した。支社長の番匠は、人の良い田舎の親父さん、といった感じの赤ら顔の初老男だった。
支社長は目を細めて、一平を見ながら言った。
「ほう、榊原くんのところにも、出来の良さそうな若い人が入ったんだな」
すかさず榊原が、支社長をたしなめた。
「番匠さん、その言葉はまずいでしょう。そんなことを小宮山や近藤が聞いたら、彼らはなんと思います?」
支社長は面白そうに榊原のほうを見た。
「へーえ、榊原くんも丸くなったのかな。そうやって部下をかばうとは」
「やめてくださいよ。純情な若い人を前にそんなことを言ってると、いかにも私が性格の捻じ曲がった人間だと思われるでしょうが」
支社長は肉付きの良い身体を揺すらせて、ほがらかに笑った。
「はいはい。きみの言うことは、素直に認めましょう。榊原くんを怒らせるとうちの商売も上がったりだ」
二人のやりとりを見ていると、一平が間に入っていけない親密さを感じた。そのあと支社長のおごりで昼食をとり、榊原と一平は斎田商事に向かった。
斎田商事のオフィスは、支社から歩いて五分ほどの、近代的なビルの中にあった。
斎田社長の部屋に通されるとき、通路のガラススクリーン越しに、オフィスの内部が見えた。ビルが新しいこともあって、什器類も機能的にレイアウトされている。一平はなんとなく、斎田社長は先進的な考えの経営者ではないか、と想像した。
しかし、案内された斎田社長の部屋に入ったとたん、オフィスとのギャップに驚いた。
その部屋は、三十平方メートルほどの広さだが、持ち主の個性を強烈にアピールしていた。こげ茶色の分厚いカーペットに、赤いローズウッドの鏡板張りの壁面、外気に面する大きな窓には、天井から豪華なレース編みのカーテンが下がり、外の直接光を和らげている。両サイドの壁面は凹んだ棚になっていて、高価そうな壷などの陶器類、ゴルフの優勝カップや盾などが飾られていた。それらを部屋の隅に置かれたスタンドや、壁面のブラケットの明かりが、柔らかく包み込んでいる。
部屋の中央に配された、シルバーグレーのどっしりとしたソファーセットが、一段と目をひいた。部屋の奥、窓際に重厚なマホガニー製のデスクがあり、その向こうに白髪小柄な老人が、ちょこんと座っていた。
斎田社長は、榊原が言っていた『ハツカネズミ』がぴったりの人物だった。そしてまた、榊原言うところの『味のある顔つき』がどういうことか、老人に会って納得した。
いかにも利発そうな小作りの顔立ちの中で、大きなナスビ型の鼻が、妙にとぼけた味わいのある風格を作っている。それに、二重瞼の優しそうな目が、見ようによっては、いたずらっ子のような輝きを見せていた。
事前に榊原から人物評を聞いていなければ、一平はこの老人の外見に好感を持ったところだ。ところが、ケチで、業突く張りで、氷のように冷たいじいさん――それが榊原の老人に対する評価だった。
初対面の一平と斎田社長の名刺交換がすみ、3人は席に着いた。ソファーは、尻がどこまでも沈み込むような錯覚を覚えさせるほど、クッションが柔らかだっ
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