(3)
一平は喜多会長の性格が分かったような気がした。語り口は漫談師のように柔らかいが、話す言葉は辛辣そのものだ。それでも、物事に拘泥しない暖かい心を持っているように思えた。一平は、そんな老人に好感をもった。
ふたりは会社に戻ると、榊原課長に報告した。
「5月5日だとお!時間がないじゃないか!」
報告を受けると、榊原は大声を上げた。そして小宮山に聞いた。
「で、じいさん、まだ東京フィルムの製品も、店に置こうとしているんですか?」
「はあ、今のところ、そのようです」
それを聞いて、榊原は年配の部下をにらみつけた。
「じゃあ、なにのんびりしてるんだ!どうするつもりだよ!」
小宮山が、すこしムッとして言った。
「どうするつもりって――相手はあの喜多会長ですよ」
「なにいっ!」
榊原が急に立ち上がった。
その剣幕に、小宮山が思わずあとずさった。
一平は、二人のやりとりを横で聞いていながら、榊原の横暴さに怒りを覚えた。あの煮ても焼いても食えない喜多会長を相手に、こちらの製品だけを店に置いてもらえなんて、そんな虫のいい話、どう考えても無理に思えたからだ。
「畜生、5月5日か――」
榊原課長は、思い直したように椅子に座ると、デスクの上を指の先でトントンと叩きながら、物思いにふけった。不意に表情が明るくなった。彼は引き出しを開けて、机の中をゴソゴソとかき回しだした。
「どこにやったかなあ。たしか、ここに入れていたはずだが――あった!」
彼は数枚の写真を取り出すと、小宮山に向かって言った。「来週月曜、喜多商事に行く」
そのあと彼は、独言を言っていた。「見てろよ、じじい。ギャフンと言わせてやる」
一平は榊原課長と二人きりでいることから、少々緊張していた。
場所は六本木の高級スナック。二人はどっしりとした大理石のカウンターの前で、並んで腰掛けていた。
「どうだ、会社の生活は?」
ビールで喉を潤すと、榊原が話しかけた。
一平はかしこまって答えた。
「はい、なにもかも目新しくて――そのう、今のところ覚えることが多くて。一日でも早く一人前になりたいと思っています」
「おれはきみの心構えを聞いているんじゃない。会社はどうなんだと言ってるんだ」
「会社――ええっと、すごいところだなあと思っています。あんな大きな超高層ビルに入っているなんて――」
一平は気のきいたことを言おうとあせったが、口から出たのは月並みな言葉だった。
榊原は、バカかコイツは、というような顔で、一平の顔をまじまじと見た。そこで、フンと鼻を鳴らした。
「女たちはどうだ?」
「えっ?」
一平は上司の顔をうかがった。
「かわい子ちゃんたちだよ。会社にはたくさんいるだろうが」
「――それは、もう――」
一平はどぎまぎした。まさか課長が、そんな話題を出そうとは思ってもいなかった。
「それはもう――なんだ?」
「えっと、あのう――まだそんなことに気づく余裕が、なかったものですから」
「まだ、そんな余裕がない?」
そこでまた、一平の顔をまじまじと眺めた。「きみって、そのう――こっち系か?」
彼は右手を顔の前で交差させて、頬にあてた。オカマの仕種だ。
「違いますよ!」
一平は憤然として言った。
とたんに、榊原がケラケラと笑い出した。
「おいおい、冗談だよ。そんなにムキになるな」
そこで一平の肩を親しげに叩いた。「でも人間、まったく違うことを言われれば笑って済ませるけど、本当のことを指摘されると、怒り出すと言うからな」
そこで、急いで付け足した。「いや、これも冗談だ」
一平はムスッとして言った。
「ちっとも面白くない冗談ですね」
「まあ、そう怒るな。だいたいきみは、硬すぎるんだよ。硬いのは、一ヶ所だけでいいんだ」
榊原は首を伸ばして、一平の股間をのぞき見た。
一平は、あわてて脚を閉じた。
そのとき背後から、おっとりとした男の声がした。
「榊原くん、新人いじめかね?」
振り返ると、胡麻塩頭のでっぷりと太った年配の男が、背後に立っていた。男はカウンターのスツールに腰を落ち着けると、バーテンダーに水割りを頼んだ。一平は、会社の重役らしいその男と榊原課長に挟まれて、落ち着きなく椅子の上で尻をずらした。
「関本さん、今夜はお一人ですか?」
榊原が年配の男に声をかけた。
男はグラスに口をつけてウイスキーをすすると、のんびりとした口調で言った。
「ああ、たまには一人静かに過ごしたいときもあるさ」
あとの方は、独り言のようにつぶやいた。「もっとも、今夜は余計なのがいたが」
榊原課長は、年配者の嫌みをまったく意に介さず、一平にあっけらかんとして言った。
「開発事業本部長の関本常務だ。二年前には、おれも常務のもとにいたんだ」
榊原は重役に向って言った。「関本さん、その節は、大変お世話になりました」
関本常務は鼻でせせら笑
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