(1)
「――で、君の人生設計はどうなんだね」
「はあ――特別のことは考えていませんが」
「君、それじゃ困るんだよ。大事な娘を嫁がせるんだ。もっとしっかりとした――痛っ!」
千秋の話は中断された。
女房がテーブルの下で、彼の尻を思いっきりつねったからだ。
これ幸いと娘が立ち上がった。
「じゃあ、お父さん、お母さん、顔見せは終わったし、私たち、これから予定があるので出掛けます」
「じゃあ、失礼します」
横の男がホッとした表情でボソッと言って、孝子のあとを追った。
ふたりを送り出して戻ってきた淑子が、千秋をにらみつけた。
「あなた、いったい、どういう了見なのよ。まるで仇でも見るような目つきで、津田さんを見てたじゃない」
「俺の目つきが悪いのは生まれつきだ。しかし、孝子も見る目がないな。あの男、およそ知性が感じられないじゃないか」
「あら、津田さんは一流大学を出ているのよ。履歴書を見たでしょう?」
「金さえ出せばどんな大学でも行ける。それで、兄弟は何人だ?」
「津田さんは次男坊で、確かお兄さんと弟さん、それにお姉さんが二人――」
女房の話を聞きながら、千秋は指折り数えてみて、突然大声をあげた。
「なにっ!5人兄弟じゃないか。けしからん!」
「なんで5人兄弟が、けしからんのよ。兄弟が多くて頼もしいじゃないの」
「俺が言ってるのは、親父に対してだ。よっぽど好き者のようだな」
「何バカなこと言ってるのよ。とにかく津田さんは、私が35年前に結婚しようと決めた男より、ずっと素敵だと思うわ」
女房は、ずけずけと言うと、この話は終わりとばかりに席を立った。
一人娘が34歳で結婚すると言い出したとき、岡本千秋は65歳になっていた。
娘が連れてきた男は気に入らなかったが、結局、女房に押し切られた格好で、結婚を承諾せざるを得なかった。
土台、口で女房に対抗するのは、端から無理だ。それに5年前から事実上、夫婦の夜の営みは途絶えていたので、千秋が偉そうに言える権利も消滅していた。
――**――
4年前――。
千秋は重役をしていた会社を辞め、楽隠居を決め込んだ。充分とまではいかないが、ある程度の蓄財はしていたし、5歳年下の女房はまだ大学で働いていたからだ。
小柄な体つきでも会社にいたときは、そこそこの存在感はあった。しかし、生まれ育ったあけぼの町では、どこにでもいる目立たない老人だった。
本人言うところのロマンスグレーの頭髪に――もっとも、女房に言わせれば、白ブチ頭だったが――色白の丸顔、小作りの目鼻立ちは、ぽってりと太っているにも関わらず、どことなくハツカネズミを思わせる。
千秋が退職して最初にしたのは、合気道の夏合宿に参加して、熊本は阿蘇の麓に一週間ほど寝泊まりしたことだった。
子供のころ、体が小さいことから「豆狸」と渾名され、よくイジメの対象になっていた。それが嫌で合気道を始め、以来45年間続けてきた。現在、160センチ70キロのずんぐりむっくりの体型だが、健康状態はいたって良い。
さて、宿舎は安普請のホテルだが、料金が安くて温泉風呂があるのが良かった。
それに合気道の合宿といっても、参加者は全員リタイアした60代70代の爺さんばかりだから、ハードなスケジュールでは無く、自由時間も多かった。
部屋は8畳の和室で、札幌から来た5つ年上の、永井征四郎という男と相部屋になった。永井は、頭髪は薄いが、鼻筋の通った古風なタイプの男前だった。背は千秋より10センチほど高く、均整のとれた立派な体格をしている。
合気道の練習でも、永井と組手をやることが多かった。永井は師範の資格があり、千秋より2段上手(うわて)だった。
合気道の組手は、技を仕掛ける「取り」と、技を受ける「受け」を交互にやる。
永井の受けは見事な倒れ振りで、千秋は一瞬、自分の技の切れが良かったのかと勘違いするほどだった。そのうち気づいた。永井の指導法は、相手をいい気分にさせて、上達させようとする意図があるようだ。
千秋は、永井征四郎という男が分かってくるにつれ、男が男に惚れ込む気持ちになっていた。
父性愛に満ちた優しい目、面長の古風な顔立ち、物事に拘泥しない大陸風の性格、それに壮年男の覇気を秘めた精力的な物腰――そのすべてが千秋を惹きつけた。
要するに永井は、口数は少ないが、一緒にいると、ときめきを覚える男だった。
阿蘇に来て3日目の夜は、激しい雷雨になった。
千秋は夜中に目を覚ました。なにか悪い夢を見たのは確かだが、どんな夢なのかは覚えていなかった。
尿意を覚えてトイレに行った。外は強風が吹き荒れ、窓ガラスがガタガタと揺れていた。そして時折、稲光と共に轟音がした。
千秋は廊下で、思わずしゃがみこんだ。彼は雷が大の苦手だった。
それでも何とか小用を足して、部屋にたどり着くと、永井はぐっすりと眠
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