(9)
薫は緊張した面持ちで、父親と向かい合っていた。その間には、藤沢が立会人のように腰かけている。
まず、一郎が口を開いた。
「先だって藤沢さんとお会いしたとき、一度ゆっくりおまえと話しては、と勧められた」
薫は、余計なことを言いやがって、という目つきで藤沢のほうを見た。
藤沢が立ち上がった。
「じゃあ、私はこのへんで失礼いたします」
「いや、出来ましたら、あなたもご一緒に話を聞いてください」
一郎が藤沢を押しとどめた。それから彼は息子に向き直った。「どうだ、仕事のほうは?」
「ぼちぼちですよ」
「ほう、そうかね。どことなく精彩がないようだが、なにか失敗でもやったのか?」
「違いますよ。どこかのバカ重役どもが、私に刃向かうだけです」
当てこすりを言って、薫は藤沢の顔を見た。
一郎はちらりと藤沢の方を見て、それから薫の顔を真っ直ぐ見ながら言った。
「それでお前は、私がときどき今井さんにお会いしていることに、思いあたらなかったのかね?」
薫は一瞬、不安な顔をしたが、ふてくされて言った。
「知りませんよ、そんなこと。またいつかの話の蒸し返しですか?」
「毎度のことだけど、どうしてお前は分からないんだ。嘘や策略を用いても、いつかは必ず露見するってことが」
そう言う父親に対して、薫は胸を反らせた。
「だけど、いつも成功していますよ。それに、嘘も方便、策略だって立派な戦術じゃないですか」
息子の思わぬ反撃に、一郎は天を振り仰いだ。
「お前という奴は、どこまで根性のまがった奴なんだ」
すかさず薫が、しれっとして言った。
「父さんの子供だから仕方がないでしょう」
「なにおっ!」
一瞬、気色ばんだが、一郎はすぐに自分を取り戻した。「私はお前と違うよ」
「じゃあ、父さんは、嘘をついたことがないって言うんですか?ぼくがバスケの全国大会に出場するとき、必ず見に行くって言っておきながら、約束を反故にしたのは誰だったんでしょうかね?」
「あれは――仕事の急用ができたんだ」
一郎は小声で言った。
「あ、そうですか。仕事だから仕方がないと――。だけど、じいさんも仕事があったけど、わざわざ見に来てくれましたよ。ところで、ぼくがタレントになろうと、プロダクション廻りをしていたとき、ぼくには才能がないと行く先々で相手に言わせたのは――あれは誰の策略でしょうかね?」
一郎はムッとした。
「いちいち細かいことを言いおって。お前の将来を思ってだ」
「勝手なことを言わないでよ。父さんにとって細かいことでも、ぼくにとっては、人生の一大事だったんだ」
「大きな流れで見れば細かいことだ。そんな細かいことなら、お前の方だっていくらでもあるぞ。北海道に行くとき、私のゴルフクラブを無断で持っていったのは誰だ!」
「ああ、あのことね。あれは母さんが許可してくれましたよ」
「母さんのじゃない!私のクラブだぞ。おかげであの時は、余分に別のセットを買うはめになった。それから、私の名前を幟に書いて、公衆の面前で裸踊りをしたのは誰だ!」
「父さんが小遣いをケチるからですよ」
「――私の名前を使って、平和商事の社員たちを十人も、勝手にパーティーに駆り出したのは誰だ!」
「慈善パーティーですよ。みんな喜んで協力してくれました」
「ハッ、慈善だなんて、嘘をつけ。おまえは裏で二十万円の報酬を受け取ったそうじゃないか」
「へーえ、そんなことあったっけ。――で、だれに聞いたんです?」
藤沢はあっけにとられて、親子の言い合いを聞いていた。このままでは、一晩かかっても終わりそうになかった。
「あのう――」
藤沢は二人に声をかけた。「そんなにお話することがおありなら、いっそのこと、ご一緒に住まわれたらいかがですか?」
「冗談じゃない。金を貰ってもいやだね」
薫が吐いて捨てるように言った。
「そうですか。でもあなたがたの生活は、私には奇異に思えるんですが。みなさん都内にお住まいなのに、親子夫婦が別居するなんて」
一郎と薫は、お互いの顔を見ないようにして、黙り込んだ。
「私のところは、親子三代が同じ屋根の下で生活していますが、精神的にも、経済的にもいいものですよ。それはまあ、毎日顔を合わせていれば、ときどき衝突もありますけど、そこはお互いに我慢すれば収まることです。ねえ、神山さん、お孫さんたちとご一緒になりたいと、お思いになりませんか?」
一郎が素直に同意した。
「それは、私だって孫たちとなら、一緒に暮らしたいと思いますよ。それに子供たちの母親はしっかりした女性だ」
「駄目だ!」
薫が大声で言って、自分の声に驚いたように口を閉じた。
「どうして駄目なんですか?」藤沢が訊いた。
「それは――」
薫は口ごもった。「間違いが起こるかも知れないから――」
「間違い?」
二人の年配者が同時に訊ねた。
藤沢は、若社長の
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