(5)

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「交渉成立だ。どうだ、じじいども、恐れ入ったか」
神山社長は重役たちを前に、すこぶる機嫌が良かった。それを年配の重役たちは、複雑な思いで聞いていた。まさかこのお坊ちゃま社長が、平和銀行の老獪な経営者たちを説得してこようとは、夢にも思っていなかったからだ――それも、無理難題と思える条件を。
彼らの気持ちを代弁するように、藤沢常務が社長に尋ねた。
「――さすが、社長ですね。それで、どうやって彼らを説得されたのですか?」
薫は話す前に、自分の言葉に重みをもたせるように、ゆったりと年配者たちの顔を見渡して、泰然とほほ笑んだ。
「誠意と情熱だよ、じっちゃん。いいか、いくら相手が鬼の心を持っていても、真心をもって接すれば通じるんだ」
最後の方は、まるで子供を諭すような口ぶりだった。
部屋の隅では、宮内がげんなりした表情で、主人を見ていた。
「誠意と情熱ですか――」
藤沢が、社長の言葉をゆっくりと反芻した。訳がわからないと言いたそうだった。
「きみ、なにか納得がいかないようだな?」と社長。
「いえ、とんでもございません。なんで私が、敬愛する社長を疑うんですか?」
「いいや、その顔はぼくの言うことを信じていない顔だ。まったく、可愛らしい顔をして腹のほうはどす黒いんだから」
「社長、そんな言い方はないでしょう」
藤沢が抗議した。「私は素直な気持ちで、社長のご成功をお祝いしているのに。だいたい素直でないのは――」
彼は最後まで言わなかった。
「おや、面白いことを言いだしたぜ――」
薫はにんまりと微笑んだ。その顔はまるで、ネズミを前に、舌なめずりをするネコのようだった。

ほかの重役たちは、うんざり顔で事の成り行きを見守っていた。また社長の口から、相手の心臓をグサリと突き刺すような、辛辣な言葉を聞かなければならないのだ。
その時、部屋の電話が鳴った。
受話器を取った宮内が言った。
「あ、大旦那さま――いえ、平和商事の神山社長がお見えです」
「親父が?おれは外出して不在だと言え」
薫があわてて言った。
宮内はしばらく電話でやりとりをしていたが、また振り返った。
「大旦那さまは、えらくご立腹のごようすです。会社にいるのは分かっている、今すぐ薫に会わせろって」
それから、アレッという顔をした。彼はぽつりと言った。「――切れました」
「やばい!」
薫はうろたえた。「いいか、おれは急用で外出しているんだ。いいな」
彼はあわてて部屋を出ていった。

後に残された重役たちは、わけがわからずに顔を見合わせた。
「いったいどうしたんだ、うちの社長は?」
藤沢が宮内に聞いた。秘書は、さあ、と言うように肩をすくめた。伊室がおもむろに立ち上がり、それにつられたように大友も立ち上がった。
「じゃあ常務、私たちは失礼します」
二人は部屋を出ていった。それに続いて宮内も、こそこそと部屋を出ていこうとすると、藤沢が呼び止めた。
「待て、宮内くん。きみは私と一緒に、平和商事の社長に会ってくれ」

藤沢覚は、神山一郎の顔を財界誌などで見て知っていたが、実際に会うのは始めてだった。その本人の前で、彼は珍しく緊張していた。相手は自分と同年輩だが、格の違いは明らかだった。
それほど神山一郎には独特の雰囲気があった。黒っぽい高価な衣服で包んだ大柄な体からは、威厳と権威が放散しているようだった。形のよいロマンスグレーの頭に、秀でた額。鼻と口元が息子の面影を伝えていた。
「あのう、当社の社長にどういったご用件でしょうか?」
藤沢は恐る恐る、神山社長にたずねた。
神山一郎は、ゆったりとした口調で応えた。
「ちょっと聞きたいことがありましてな。それで、私の愚息はどこに行ったんでしょう?」
「社長は急用で――外出しております」
藤沢は、言いにくそうに伝えた。
「と言うことは、また例によって雲隠れということですかな?」
相手の思わぬ言葉に、藤沢はグッと詰まったが、かろうじて持ち直した。彼は気持ちを鼓舞して、財界の名士に話しかけた。
「あのう――私でお役に立てることでしたら、何なりとお申しつけください」
「それを話すと、家門の恥じを晒すことになりますのでね」
神山は言葉を濁した。「ところで愚息は、皆さんにご迷惑をおかけしていませんか?」

藤沢が返事をするまでに、少し間があった。
「――いえいえ、そんなことはございません。社長はたいしたお方ですよ。つい先日も、親会社である平和銀行の経営者の方たちを相手に、大きな交渉ごとをまとめられました」
神山は、にわかに興味を持ったようすだった。
「ほう、その話を、もうちょっと詳しくお聞かせ願えますか」
藤沢は、若社長の成功談を話しだした。
神山は無表情に聞いていた。彼は藤沢の話がおわると、その横でかしこまっている秘書の顔を、鋭い目つきで見た。彼は秘書に命令し
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