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鎌倉の鬱蒼とした緑を背景に、瀟洒な洋館風の建物が堂々と建っていた。純和風の建物が散在するなかで、その建物は不思議に周囲とマッチしていた。
建物の主、今井良尚は、なにを考えているのか奥底の知れない表情をして、床の間を背に座っていた。72歳、でっぷりと太って、その福々しい顔は皺ひとつない。艶やかな頬に二重あご、幅広の薄い唇が尊大そうな表情をつくっている。
彼は長いあいだ君臨してきた平和銀行頭取の座をしりぞいた後も、金融業界において、なお隠然たる影響力を持っていた。そしてまたメディア産業ではトップ企業『メディア21』の創業者の血を引く大株主でもあった。
そんな彼に対し、平和銀行の社員たちは、陰で『陛下』と呼んでいた。
今井から少し離れたところでは、17歳年下の妻、京子が静かに控えていた。中肉中背の肢体をすっきりとした和服で包み、黒髪色白の端正な顔やすんなりした襟足に、あでやかな熟女の色気がにじみ出ている。彼女は55歳になってもその容色は衰えを見せず、むしろ齢の積み重ねが、その妖艶さにますます磨きをかけているかのようであった。

今井夫妻の前には、その日、急遽呼ばれた3人の平和銀行幹部たちが、緊張した面持ちで対していた。
藤沢覚、大友昇、伊室洋平――いずれもダークスーツに白シャツ、地味なネクタイをして、いかにも生真面目そうな顔つきをしている。身上書をもとに、今井が慎重に選び抜いた男たちだ。さして目立ったところもなく、かと言って決して無能でもない――。それが彼の目的にかなう条件の男たちだった。
今井はこれまでの長い経験で知っていた――相手に有無を言わせず従わせるには、どうすればよいかを。まず不安、それから期待をもたせることだ。いま彼は、3人の男たちが何を言われるのか、と不安におののいているのを充分承知していながら、黙って彼らの顔をねめまわしていた。

ようやく今井は口を開いた。
「来春、新しい会社をつくる」
男たちの顔にとまどった表情が浮かび、会長の顔を見守った。そのさまを無表情に見ながら、今井は話をつづけた。
「そこで、きみたち3人にひと肌脱いでもらいたい」
しばしの沈黙のあと、藤沢が恐る恐る訊ねた。
「あのう――どのような会社を作られるのでしょうか?」
今井は藤沢の顔をじろりと見た。それからおもむろに言った。
「ビルの運営会社だ」
「でもそれなら平和興産が――」
「不動産会社が複数あったらまずいのか?」
藤沢に最後まで言わせず、今井はピシリと言った。
「い、いえ――そ、そのようなことはございませんが――」
藤沢はあわてて、口ごもった。
今井は話を進めた。
「きみたちも知ってのとおり、不良資産の処分は当行にとって大きな課題だ。しかし、なにも処分するだけが能じゃない。ときにはプラス思考も必要だ」
今井は、彼の言葉を理解しているのか確かめるように、3人の顔を見渡した。「つまり不良資産を、もうけを生み出す資産に変えることだ。どうだね?」
今井に問いかけられて、3人は分かったような分からないような表情をしていた。
「伊室」
ふいに今井は、伊室に呼びかけた。
「はいっ!」
伊室が、ばね仕掛けの人形のように、姿勢を正した。
「新会社には、きみの知識と経験が必要なんだ」
まだ会長の言っていることが呑み込めずに、伊室はとまどった表情を浮かべていた。
今井は座椅子のなかで、大きくふんぞり返った。「きみのビル建設の知識がね」
それから彼は、生徒に言い聞かせるように説明を始めた。
「遊休土地を活用して賃貸ビルを建てるんだ。新たに金をつぎ込むことになるが、毒をもって毒を制するということもある。それに既存の不動産子会社は、当行の営業店舗ビルの運営が主体だが、これから作る会社は一般企業のテナント向けだ」
そう言うと今井は、床の間の置き時計をちらりと見て、横にひかえている妻に視線を移した。

京子が夫の意図を察して、そっとうなずくと部屋を出ていった。
「じつは、きみたちに会わせたい人物を呼んでいる。少し遅れているようだが」
今井は眉をひそめた。「神山薫だ。彼を新会社の社長に予定している」
それを聞いて、表向きは平静を装っていたが、3人の頭の中で、にわかに驚きと不安が渦巻きだした。彼らは直接本人との面識はなかったが、神山薫という人物のうわさについては耳にしていた。
神山グループの創始者直系の御曹司で、つい昨年亡くなった元頭取を祖父に持ち、父親は大手商社の社長をやっている。
そんな名家の血筋をひいていながら、神山薫は数々の奇行で知られていた。
社内旅行の宴席で裸踊りをやったり、部下苛めをしていると上役の部長を引っ叩いたり、社内の式典で挨拶をしていた重役の話が冗長すぎると一喝したり、とにかく数え上げたらきりがないくらいだ。
そんな神山家のぼんぼんが、わずか5年
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