古い松竹映画の『男はつらいよ』に嵌っている。
会社で働いていた頃には見向きもしなかったこの映画に、なぜこんなに惹かれるのか?このへんの心境の変化を考えてみる。
もともと私がこの映画のDVDを借りだしたのは、若干不純な動機がある。
つまり、このシリーズ作品に顔を見せる松村達雄が、私好みのフケ俳優のひとりだからである。
松村達雄はこのシリーズ映画の内11作品に、色々の役柄で出演している。よほど山田洋次監督に、気に入られていたのだろう。
第9話〜第13話までは「おいちゃん」役でレギュラー出演している。他は映画に味わいを添える役柄で、医者やお坊さん、教師役などで登場する。
「おいちゃん」役は、松村達雄のはまり役である。キップが良くて喧嘩っ早い。ちょいと軽薄、スケベ親父。そしてダジャレ好き。
このおいちゃんと寅さんのやりとりが、なんとも面白くて可愛らしい。
他に印象深いのは、第26話の定時制高校の国語教師の役である。彼が生徒たちを前に、『便所掃除』という詩を朗読するシーンがある。
生徒たちと掛け合い漫才のような会話を挟みながら、独特の声質で飄々と朗読する先生の姿。兄ちゃん姉ちゃんから小父さんまで、種々雑多な生徒たちが笑い、時に真面目に聞く。
このシーンはほのぼのとさせられるが、一方で、この詩を選んだ山田洋次監督の人情味あふれる演出に感心させられる。
松村達雄という俳優は、一種独特の存在感があった。軽妙洒脱でまろやかと言うか、柔らかい味わいがある。それは、彼独特の声質にも由るのだろう。
ホンダの創業者、本田宗一郎の声に似ているということで、テレビ番組の声役をやったこともある。
そんな味のあるキャラクターだが、学生時代から演劇の勉強をしていただけに、「なりきる」ことでも定評があった。NHK『日本の戦後シリーズ』における吉田茂役。黒沢明監督の映画『まあだだよ』の内田百阮。いずれも歴史上の人物にそっくりだ、と評判になった。
前置きが長くなった。話を『男はつらいよ』に戻そう。
この松竹のドル箱シリーズは、昭和44年からスタートして、平成7年まで48作、そして平成9年の特別編まで続いた、超長寿映画である。
年代的に見れば、団塊の世代向けの映画ともとれる。その後、炭酸飲料のCMでリチャード・ギアが寅さんの役柄を模していたが、映画のシリーズが終わってもなお根強い寅さん人気がある証拠だろう。
はっきり言って『男はつらいよ』は、田舎興行の芝居のような泥臭さがある。
(原作者の山田洋次監督、ごめんなさい)
では、なぜこの映画が、日本人に人気があるのだろう。
このあたりから、この映画に嵌った私の心情を中心に書くので、多分に独断的になってくるのはご容赦願いたい。
ひとことで言えば、「日本人の心」を語る映画だと思う。
あるいは、「日本人のふるさと」を思い起こさせる映画とも言える。
「フーテンの寅」こと車寅次郎が、テキ屋稼業の旅で全国を渡り歩き、ときに生まれ故郷の葛飾柴又に戻ってくる。毎回、マドンナなる女性が現れ、寅次郎は恋をし、そして失恋する。
寅次郎のまわりに登場するレギュラー陣も個性的だ。
妹の「さくら」と亭主の「博」。草団子屋の「おいちゃん」と「おばちゃん」。博の勤める印刷会社の「タコ社長」。帝釈天の「御前さま」と「源公」。
いずれも魅力いっぱいのキャラクターたちで、ぴったりのはまり役である。
これらの登場人物が混然一体となって、笑いあり、どたばたあり、そして涙ありのストーリーを展開する。ときに、かなりシリアスな問題も含まれているが、それをさらりと笑いの中に流すのが、山田監督流である。
この古き良き時代の人情――日本人の原風景を思い起こさせる映画が、人気のおおもとにあると思う。
もうひとつは、ときどき画面に映し出される、日本各地の懐かしい風景である。盆や正月にこの映画を見て、わが故郷に想いを馳せた地方出身の人たちも、多いことだっただろう。
そして何と言っても、寅さんを演じる渥美清の人間的魅力である。四角い顔に細い眼、ごつい体格。それでいて人一倍気を使う優しい性格。主題歌を唄うのどかな声。テキ屋経験のある彼ならではの見事な口上。
映画の役柄と本人の性格は必ずしも一致していないが、渥美清の良さが如何なく発揮されていると思う。
そして最後に考える。この映画に嵌ったということは、私も人の情けや人生の機微に心を配りだしたのかな――と。
現在の心境は、ようやく日本人の大人の仲間入りをした気分である。
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