(3)目覚めた愛

(3)目覚めた愛

高山秀樹が部屋から出て行ったあと、神谷神父は裸のまま、ぐったりとしてベッドに横たわっていた。頭の中では、次から次に、いろんな想念が浮かんでは消えしていた。
思いが錯綜しすぎて、焦点が定まらなかった。そんな迷いを振り切るように、ベッドから出ようとした。身動きしたとたん、体の芯にゾクッと痛みを覚え、思わず竦みあがった。
我慢してゆっくりと立ち上がった。
浴室でシャワーを使い、身を清めたところで気持ちがすこし落ち着いた。男に凌辱された痛みも、だいぶ和らいでいる。
法衣に着替えようとして迷った。
(自分に、法衣を身に付ける資格があるのだろうか?)
ふと、就寝用ローブのまま礼拝堂に行こうと思ったが、思いとどまった。
――それでは神に失礼だ。

清児はいつもの習性で祈りの形にはいったが、ふと自問自答した。
祈っても彼が犯した罪が消えるわけではない。神に許しを請うのは、身勝手すぎる気がした。そもそも罪とは何なのか?
若い頃に読んだ、ダンテの神曲が思い出された。ダンテが地獄、煉獄を巡り、天国へ至る長編叙事詩――。
それに記述されたところによれば、香月佳代と肉体関係を結んだことで、地獄篇第2圏の愛欲の地獄に落ちることになる。そしていま高山秀樹と関係して、さらに第7圏第3の環まで落とされ、男色者として火の雨に晒される。
これでは神職者どころか、善良な信者の資格もない。
でも、秀樹に抱かれたとき、苦痛の中で覚えた不思議な愛情――あれはいったい何だったのだろう?まるで夢の世界を彷徨っているような、このままいつまでも抱かれていたいと思うような気持ち――。
あれが男に対する愛情なら、自分はいよいよ地獄に近づいたのだろうか?
それとも悪魔の誘惑?
思いは巡って、定まらなかった。

そのとき人の気配を感じて、振り向いた。
深夜の礼拝堂に、助手の下村芳実がひっそりと立っていた。
「すみません。神父さまが礼拝堂に向かわれるお姿を、拝見したものですから」
下村は揉み手をしながら、申し訳なさそうに言った。
清児は訝った。
(こんな遅くにここに来るということは、何か特別の用があってのことだろうか?)
そこで、この老いた助手が秀樹と相部屋であり、男色関係にあることに思いが至った。
ということは、秀樹が自分の部屋に来たことを知っていて当然だ。ひょっとしたら、一部始終を見ていたのかもしれない。
清児は素直に訊いた。
「わたしと高山くんの間で何があったのか、知っているんだね?」
下村はもじもじして、ぺこりと頭を下げた。
「すみません。秀樹さんが神父さまの部屋から戻るのが遅かったので、そのう――おふたりが愛し合っているのを――」
助手の言葉は消え入るように、途中で終わった。

愛し合っているという表現に、清児の小さな体がピクリと動いた。他人の目から見たら、そうなるのだろう。ちょうど、彼が助手たちの愛し合う姿を垣間見たように。
「きみは、さぞかしわたしを軽蔑しているんだろうね」
清児が聞くと、下村は目を丸めて言った。
「とんでもございません。神父さまは、秀樹さんの煩悩を、聖なるお体で昇華してくださったのです。それに、あの方を受け入れるのは、大変な苦痛が伴うことを、わたしも知っています。ですから神父さまは、苦痛を受けることによって、神の試練もお受けになったのだと思います」
変な理屈だったが、助手の目は純粋だった。この男は心からそう思っているのだろう。
下村はつづけた。
「わたしは過去に、娘を死に追いやる大罪を犯しました。秀樹さんが教会に来られたのは、神が遣わされた試練だと思っています。秀樹さんが、娘の恋人に成り代わって、わたしの体に罰を与えているのです」

助手の話を聞いていて、清児はふと香月佳代を思い浮かべた。彼女も独自の理論を持っていた。――性愛こそがすべてだ、と。
清児は下村に訊いた。
「きみは神の試練とか罰を受けるとか言ってるけど、そのう――彼との行為に、愛情は介在しないのかね」
「もちろん秀樹さんを愛しています。罰を受けると同時に、愛も受けているのです。でもわたしは、愛を独占するつもりはございません。だって秀樹さんは、わたしを愛すると同時に、神父さまも愛していますから」
下村は言ったあと、にっこりと笑った。
「愛する人と愛の行為をする――これでいいんだと思います」

神谷神父は、物思いにふけることが多くなった。
彼は、人々を導く立場として、他人のさまざまな人生を見てきた。喜びあり悲しみあり苦痛あり、まさに千差万別の人生だった。そしていま、自分がその悩める人生のひとつであることを、強く感じた。
彼が直面している究極の問題は、崇高な行いや魂の救済を導く信仰であり、そしてもうひとつは、人間の根源的な本能といえる性愛――この二点に集約される。
深夜の礼拝堂で、
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