(7)

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ケイ爺が亡くなって3か月後――。
ボビーは谷中にあるサトシの墓を訪れていた。
墓石を清め、来る途中、花屋で買った花菖蒲を墓前に置いた。サトシは花菖蒲や紫陽花が好きで、江戸川区の公園によく一緒に出かけたものだ。
サトシは言っていた。「青や藍色の花が好きなんだ。雨が似合うからね。青や藍はさわやかな色だけど、それが雨に濡れるとしっとりとして、また一段と趣があるんだ」と。
(サトシ――人を好きになるって、こんなに悲しいものなのか)
ボビーは頭の中で、サトシに語りかけた。
確かにグランパに行って、新しい世界が広がった。
タケシに出会って、男色の世界を知り、受けの悦びを覚えた。そしてケイ爺と同棲して、サトシが死んで以来失っていた、共同生活の喜びを取り戻した。でもその喜びは、ケイ爺が死んだあと、悲しみとして倍になって返ってきた。
(サトシ、ぼくはもう60歳だ。アメリカに帰るべきかどうか、迷ってるんだ。ぼくはひとりぼっちで死にたくない。――でも、ぼくは日本が好きだ。いや、日本人が大好きだ)
答えは返ってこなかった。ボブはぼんやりと立ち上がった。
そのとき何かが、ポケットから地面に落ちた。拾い上げてみると、ビートルズの歌詞を書いたカードだった。“Let It Be”ケイ爺の好きだった歌だ。
(――サトシ、ケイ爺の墓にもお参りに行けってことか)

3年前――
クリスマスの夜、グランパは外国人の客でにぎわっていた。白人、黒人、ラテン系と人種はさまざまであるが、全員アメリカ人だった。
店内はビートルズの懐かしいメロディーが流れていて、彼らは歌を口ずさみながら、陽気に乾杯を繰り返した。
そのうち黒人が、ボビーの体を引き寄せて、狭い店内で踊りだした。
腰をくねらせ、ボビーの大きな尻を撫で、まるで性交するような卑猥な仕草に、ほかの客が囃し立てた。すぐもうひとりの白人が加わって、ボビーをサンドイッチ状態にして、ダンスを続けた。
ボビーは最初の内、軽い戯れだと思って相手に合わせていたが、男たちの手が股間や尻をまさぐりだして、さすがに慌てた。
彼らは以前からボビーに言い寄っていたが、いまやアルコールが入って抑制が利かなくなっていた。明らかに勃起状態のズボンの前を、ボビーの肉付きの良い尻に押し付けたりしている。ボビーはもがいたが、男たちは強引に彼のズボンを脱がそうとしだした。
“Take it off !”ほかの客が面白がって、叫んだ。

そのとき、“Calm down! Calm down!”と声が聞こえた。
メキシコ系の初老男が声を張り上げていた。60代の鼻髭を生やした威厳のある男で、外人仲間のリーダー的存在だった。
男たちがボビーの体から離れると、初老男はボビーの頬と後頭部に両手を添え、やおら唇を合わせ、音を立てて吸った。それから、おどけたようにお辞儀をし、ボビーの丸っこい肩に腕をまわして、カウンターの奥にいるケイ爺のほうに押しやった。
そのとき流れていたのが、“Let It Be”の曲だった。

――*――

グランパが休みの日曜日、ボビーは電車とバスを乗り継いで、房総半島にあるケイ爺の墓を訪れた。海を遠望できる丘の斜面地にあった。
ケイ爺の墓には先客がいた。
見たところ50代、背は低いが固太りの立派な体格をしている。
ボビーは男に軽く会釈して、持参した花菖蒲を墓前にそなえた。それから手を合わせた。
(ケイ爺、海が見下ろせる、いい所にいるんだね。少し安心したよ)
お参りを済ませて立ち上がると、先ほどの男がまだいて、ボビーに声をかけた。
「あなた、ボビーさんというかたでしょう?」
ボビーはびっくりした。
「ええ、ボビーですが――あなたは?」
よく日焼けした素朴な顔が笑った。感じの良い笑顔だ。
「失礼しました。私は椙山繁という者です。あ、シゲルで結構です」
言ったあと、男は理由を説明した。「実は、ケイ爺とはメル友でした。素敵な外人さんと一緒に暮らしているって――ケイ爺には、ずいぶんのろけられましたよ」

男も同じルートで来ていたので、ふたりは東京に戻る間、座席を隣り合わせてずっと話ができた。
シゲルは北海道の旭川で、牧場経営をやっていて、ようやく休暇が取れたのでケイ爺の墓参りに来たという。
「ケイ爺とは古い付き合いでしてね。知り合ったのは、私が大学生の時でした」
シゲルは、ボビーの知らないケイ爺の昔話をした。
彼が東京の大学に入学したとき、その下宿先がケイ爺の家だった。文京区の本郷にある大きな屋敷で、ほかに下宿生が二人いた。ケイ爺は小商いながら貿易業をやっていて、その頃は羽振りが良かったそうだ。
「若者が好きな親父でした。私は特に気に入られて、いつしか男色の世界に引き込まれていました。歳は20以上離れていましたが、私たちは兄弟のように仲が良かった」

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