翌日、和之はタクシーを呼んで、温泉宿から直接会社に向かった。
昨夜は、川勝会長に求められるままに、変態的な体位で何度も交わった。まったりとまとい付く感触を思い出して、ふたたび下腹部が熱くなってくる。
会社に着くと、ビルの入り口で大内運転手に出会った。大内は和之の顔を見て、何か言いたそうだった。
「大内さん、どうかしたの?」
「いえ、ちょっと気になって」
「なんだい」
「今朝、植田支店長を駅でお迎えした時、なんだかいつもとご様子が違って――そのう、なんて言うか、心ここにあらずって感じで」
「ふうん、で、支店長は会社に戻られてるの」
「ええ、こちらまでお送りしました」
支店長室に行くと、植田が机の中のものを片づけていた。
小腰を屈めた支店長の丸っこい尻を目で楽しみながら、和之は軽口をたたいた。
「支店長、東京から戻るそうそう、机の片付けですか。いい心がけです」
支店長は立ち上がると、ニコリともせずに、和之に向かって言った。
「ちょうどいいところに来た。きみに話があったのだ。さあ、ここに腰掛けておくれ」
彼は目の前の椅子を勧めた。
「支店長の椅子に?なんだか気持ち悪いな」
「なあに、遠慮することはない。私はここにするよ」
支店長は、いつも和之が定席にしている、支店長机の端っこによじ登って、ちょこんと腰かけた。
和之は少し考えていたが、肩をすくめて、小柄な老人の背中とひざ裏に手を添え、軽々と抱えあげると、支店長椅子の上におろした。
「やっぱりここは支店長が座ってください。お話を聞くにも、私が落ち着きませんから」
抵抗するかと思ったが、支店長は椅子に腰かけたまま、素直に話し始めた。
「じつは、きみにこの部屋を明け渡そうと思ってね。それで机を片付けていたんだ」
「ほーう、それはまたどうしてですか?」
何かの冗談だと思って、和之は面白そうに質問した。
「昨日、本社で、大野常務にお会いした。そのとき、きみに支店長職をバトンタッチすることが決まったんだ」
和之にとって、寝耳に水の話だった。彼はこれまで折に触れ大野常務に電話をして、状況報告をしていたが、そんなことは一言も聞いていない。
和之は、支店長に念を押した。
「支店長、大野常務は本当にそうおっしゃったのですか?」
叉次は答える前に、すこし躊躇した。
「いや、はっきりとはおっしゃらなかった。でも、常務のお考えはそうだ」
「どうして、常務の考えが分かるのですか?」
部長の質問に答える前に、叉次は、昨日の大野常務との会話を思い浮かべた。
大野常務を前に、叉次が支店の状況を報告し、話題が吉田のことに及んだ時だった。
「ああ――吉田くんねえ――」
常務は少し動揺している様子だった。なにか叉次に隠し事をしているように感じた。そこで吉田の活躍ぶりを話しだすと、常務は目を細めて、いかにも嬉しそうに聞いていた。
その様子を見て、叉次は確信した。やはり常務は、自分の後任として、吉田を支店に送り込んだのだ。叉次は、もはや東北支店に自分の居場所が無くなったのを強く感じた。
そして今、叉次は吉田部長に向き直って、きっぱりとした口調で言った。
「常務はお優しい方だ。私に面と向かって、引退しろとは言われない。だけど、きみを高く評価されてるし、きみを支店長にしたいと思われているのは明白だ」
「だったら、支店長の勘違いです。常務がそんなことを――」
話す途中で、ドアがノックされ、女子社員が和之に、客の来訪を告げた。
客が帰ったあと、和之は支店長室に戻ったが、老人の姿は消えていた。社員に聞いても、行先は分からない。
仕方なく和之は、他の社員に聞かれないように、支店長室で東京の大野常務に電話した。
話を聞いて、常務は驚いたようだ。
「おい、そんな話はしてないぞ。植田くんには健康である限り、いつまでも支店長をつづけてもらいたいんだ。
それに、きみには、他にもやってもらいたい仕事が山ほどある。早くそちらに目途を立てて、本社に戻って来い。――あ、これは、きみと私だけの話だよ。一切、他言無用だ」
電話が終わったあと、ふと机上に置いてある携帯電話に気づいた。じゃあ支店長はすぐに戻ってくるんだろう、と思って和之は支店で待つことにした。
終業時刻になっても、支店長は戻ってこなかった。和之は心配になってきた。植田支店長の立ち寄りそうなところに電話を入れたり、大内の車に乗って社宅まで戻ってみたりもしたが、老人の姿はどこにもなかった。
そのうち空が暗くなってきたかと思うと、大粒の雨が降り始めた。
和之はお手上げといったように溜息をついて、運転席の大内に言った。
「いったい、どこに行ったんだろうな、うちの支店長は?」
大内も眉間を曇らせて考え込んでいる。ふと彼は、思い当ったように顔を上げた。
「ひょっとしたらお城のほうかも知れません。
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