(1)初の対面

 50歳の吉田和之と65歳の植田叉次は、支店長室で初の対面をしていた。
叉次は自分の大きな椅子にゆったりと尻を落ち着け、いっぽう和之は支店長机の端っこに尻を乗せて、逞しい脚を伸ばしている。
叉次は、格好よく机の端に尻を乗せた新任の部長に、とまどいを覚えていた。
ごく平凡なオヤジ顔だがよく日焼けして、分厚い体つき――吉田がビジネススーツを着ていなければ、スポーツ選手といっても通るような風采だ。その上、ズボンの左太ももの付け根に浮き出た、もっこりとした膨らみ――目のやり場に困るような生々しさだ。
いっぽう和之は、15歳年上の支店長を前に、平静を装っているが、内心では小躍りしていた。直に見る支店長は、写真で見るよりはるかに魅力的だった。
艶やかな丸顔、眼鏡の奥で輝く目は、この上なく優しそうで好奇心に満ちている。そして丸っこい小柄な肉体――。

(もろタイプ!)
和之は沸き上がる気持ちをぐっと押さえて、気軽な口調で切り出した。
「大野常務が、よろしく伝えてくれ、とおっしゃっていました」
「それはご丁寧に。常務のご意向では、きみに営業をやらせろということだが」
叉次の問いかけに、和之は他人事のように、のんびりと言った。
「どうやら、そうらしいですね」
(――なんともとぼけた男だな。しかし、あの大野常務が寄こしたからには、仕事のできる男なんだろう)
叉次は、本社から来た男を観察しながら、話題を変えた。
「ところで、荷物は持っていないようだが、あとで送ってくるのかい」
「ああ、車のトランクに積んだままです。運転手さんが言うに、支店長と一緒にお住まいなら、支店長をご自宅にお送りするとき、荷物も一緒に運んであげようって――」
そこで和之は、思いついたように付け加えた。「駅まで車を寄こしてくださって、ありがとうございます」
「なあに、わたし専属ではなく支店の車だ。きみも必要であれば、遠慮なく使っていいよ」(――あの大内を使いこなせればね)叉次は、あとの言葉を呑み込んだ。
大内は、60過ぎの恰幅の良い体つきをした運転手で、叉次より支店長らしく見えるほどの貫禄がある。しかも、無愛想かつ頑固者であるところから、支店社員たちに敬遠されていた。彼が従順なのは、叉次に対してだけだった。
そんな運転手だから、新参者の便宜を図ったと聞いた時は、すくなからず驚いた。
叉次は、吉田部長を部屋から送り出しながら言った。
「これからよろしく頼むよ。ほかの社員たちとも仲良くね」

ドアを閉めたあと、叉次は部長のマネをして、支店長机の端に腰かけようとした。しかし、マネをするには足が短かすぎた。
彼はひょいと肩をすくめると、自分の椅子に戻った。

夕方から新任の吉田部長の紹介を兼ねて、支店の経営会議が開かれた。各部門の業務報告が行われたが、支店の厳しい現状を反映して、暗い話題が多かった。
そのあと、和之は植田支店長の部屋に行った。
「どうですか支店長、ひと汗流しに行きませんか?こんな鬱陶しい気分の時は、良い薬になりますよ」
この男は、支店が大変な時に、なんでこんなに能天気になれるのだろう?そんな思いを抑えて、叉次は言った。
「きみが鬱陶しい気分になってるとは、とても思えないが、ひと汗流すって何をやるんだね」
支店長の嫌味も気にもかけず、和之はさわやかに言った。
「水泳ですよ。私は健康維持のため、毎日泳いでいます。それにさっき支店の社員から情報を得て、こちらのスポーツクラブに、入会手続きを済ませたところです」
新参者のやることの素早さに、叉次は内心驚いた。
「でも、これからきみの歓迎会をやることになっているんだぞ。聞いてなかったのかい?」
叉次が言うと、部長は、にっこりとほほ笑んだ。雲間から太陽がさっと射したような、明るい笑顔だった。
「もちろん聞いています。私が言ってるのは、歓迎会のあとですよ」

新任部長の歓迎会は、地元名物の牛タン屋で行われた。植田支店長の人柄を反映して、穏やかで淡々とした宴会だった。アルコール類の消費もそこそこに、歓迎会は2時間もかからずに終了した。
和之は植田支店長を誘って、市内のスポーツクラブに行った。
運転手の大内は、二人をクラブのあるビルの前で降ろすと、近くで待機していますと言って車に乗った。

低めの水温が、心地よかった。肌を愛撫するように、水が後方に流れ去っていく。
和之はゆったりとクロールで泳ぎながら、プールサイドのリクライニングチェアに腰掛ける支店長を見あげた。和之の脳裏には、小さな水泳パンツ一枚になった、支店長の可愛らしい姿が焼きついていた。
先ほど老人が小腰を屈めてプールに入るとき、腰のつけ根からふたつの膨らみに分かれる淡い窪みが、パンツの上端からチラリと見えた。ほんの一瞬のことだが、間近に見る老人の艶めかしい姿に、和之はゾクリとする
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