エピローグ
「タカシくん、本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ、爺さん。心配するな」
「そうか――もうちょっと、こちらにいてもいいんだぞ」
「ああ、ありがとう。でも大丈夫だ。爺さん、色々と世話になったな」
「こちらこそ、お世話になったよ。また遊びにおいで」
「ああ、爺さんも東京に来たときは、ぼくのところに寄っておくれ。それから――これから何かと大変だろうけど、爺さん、頑張ってよ」
「ああ。和泉家の大きな汚点になったが、覚悟はできている」
貴志は皇子町の駅舎で、お館さまと別れを惜しんでいた。
彼は病院で胸の治療をして、1日予定を遅らせて東京に戻ることになった。藤沢親子も彼につき合っていた。
銃の弾丸は、金貨を貫通して体内にもぐり込んでいたが、肋骨で止まっていた。医師は、弾丸の摘出手術がすむと、1週間の安静を命じたが、貴志は医師の言うことを無視した。彼は次の日の朝、さっさと病院を退院して、英二たちと一緒に東京に戻ると言ってきかなかった。
貴志は電車を待つあいだ、和泉老人の顔を見ていて、昨夜の会話を思い出していた。老人が手術後の貴志につきあって、遅くまで病室にいたときのことだ。
「怪我がたいしたことなくてよかった」
「ああ、あのときは一瞬、これで終りだと思ったよ」
「人が死ぬのは、もうたくさんだ。3人もの人が死んだんだ」
「爺さん、加奈子さんが好きだったのだろう?」
「それは好きだったさ。あの娘は出来た子だった」
「――爺さんは冷たい人間だな」
「なんだよ、タカシくん。やぶから棒に――」
「加奈子さんが死んだとき――感情をあらわにした秀信さんのほうが、ずっと人間的だと言ってるんだよ」
「きみは何を言ってるんだ?」
「ぼくが言ってるのは男女の関係だよ。爺さんは加奈子さんが好きだった。そして彼女も、爺さんを慕っていた。なあ、爺さん、加奈子さんは亡くなったんだ。彼女のためにも、正直に話せよ」
「きみは勘違いしてるよ。たしかに加奈子が好きだった。でも男女の愛情じゃない。事情は複雑なんだ」
「どう複雑なんだ?」
「いや、きみには話せない」
「水臭いことを言うなよ。話せよ」
「駄目だ。絶対に話せない」
「ふん、もったいぶって。さっき加奈子さんは出来た子だと言ったな。男女の愛情じゃないんなら、親子の愛情だろう?」
「きみはなんてことを言うんだ!そんな意味で言ったんじゃない。加奈子は私の娘じゃないんだぞ」
「どうやら図星だな。爺さんは、嘘をつくのがへたくそだよ」
「――どうもきみは、見かけによらず鋭いな。たしかに加奈子は私の娘だ。どうしてわかった?」
「当てずっぽうを言ったんだ。そしたら爺さんが引っかかった。そうか、やっぱりな。爺さんなら、隠し子のひとりやふたりはいる、と思っていたんだ」
「私を色情狂のように言いおって――あれは一度きりの過ちだった。私にだって煩悩はある。このことを知っているのは、池内だけだ」
「加奈子さんは知らなかったのか――ちょっと待てよ!じゃあ、加奈子さんと秀信さんは血のつながる――」
「ああ、そのことで私はずいぶん悩んだ。加奈子が相談に来たんだ。家族が外出している時、秀信があれを手込めにした。そのとき妊娠したんだ。加奈子は秀信と千佳子の仲が崩壊するのを恐れていた。しかし、一方では、腹の子供を不憫に思って、産もうとした」
「彼女は、複雑な心境だったんだな」
「ああ。加奈子は、ずいぶん悩んだだろう。そして私は、加奈子が私の子供だということを言い出せないで、別の悩みを持っていた」
いかにも艶福家らしい、つややかな頬を染めて、恥ずかしそうに白状する老人の姿に、貴志はかわいそうだと思ったが、いっぽうでは罪作りな老人だとも思っていた。
しかし、このことを誰にも言うつもりはなかった。これは彼と老人だけの秘密だった。
電車がホームに入ってきた。一郎と英二が、自分たちと貴志の大きな旅行バックを、汗をかきながら電車に積み込んだ。
それを横目で見ながら、貴志はお館さまに別れを告げた。
「じゃあ、爺さん、元気でな」
「ああ、きみも無理をするなよ。また会えるのを楽しみにしているよ」
「ああ、じゃあな――」
ふたりは顔を見合わせると、しっかりと握手をした。
電車が動き出した。お館さまは、執事の渡辺と並んで、生真面目にこちらを見ていた。相変わらずの姿勢のよさだ。すぐに、彼らの姿は車窓から消えていった。
貴志は座席に落ち着くと、向いに座る藤沢兄弟に話しかけた。
「ま、考えてみれば、あの爺さんも、結構いい人間でしたね」
「そうだな、きみの知り合いにしては、もったいないくらい、よくできた方だ」
「あの――お父さん。それを言うなら、類は友を呼ぶってことじゃないですか」
「フン、いくらお世辞がうまいといっても、そこまでは言えないよ。それにしても、よく犯人
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