(1)
警察の総動員をかけての捜索にもかかわらず、太田の姿は見つからなかった。
鉄道駅でも、バスの停留所でも、彼の姿を見たものはいなかった。太田の姿は、まるで神隠しにあったかのように、町の中からこつ然と消えていたのだ。
そんなこととは無関係に、昼過ぎから和泉家の屋敷があわただしくなった。安国寺の僧侶がやって来て、奥座敷で法事が始まった。
貴志は部屋の外から、法事の模様を見物していた。読経を続ける僧侶の後ろに、和泉家の一族が座っていた。
和泉貴信夫妻の正座姿は、端正そのものだった。それにくらべて弟の昭信は、そわそわと落ち着きなく、しびれる足を揉んだりしていた。それを横の夫人が、たしなめるように手を伸ばして、夫の膝をつついていた。
長男の秀信は、やつれた顔をしていたが、父親の後ろで背筋を伸ばして、きちんと正座していた。その横に、妻の千佳子がいた。無表情で、心の内は読み取りにくかった。
次男の俊信は、相変わらずの端正な顔立ちで、背筋をすっと伸ばしたその姿は、座っているだけでも様になっていた。その彼が、35歳にもなって、いまだに独身というのは奇妙な気がした。
楠部夫妻は、親族の一番後ろに座っていた。孝夫の日焼けした素朴な顔は、いかにも信心深そうだった。しかし、大橋を嫌う理由があるという、楠部の事情を聞いたあとでは、見た目通りに受け取れない気もした。
貴志は座敷をあとにして、食堂に行った。料理好きの英二が、池内夫妻を手伝っていた。
配膳台の上には、精進料理が並べられていた。いずれも食欲をそそるものだった。貴志はアスパラの天ぷらを試食してみた。衣がカラッと揚がって、うまかった。
「コラッ、つまみ食いをするんじゃない!」
英二が貴志を叱った。
「ひとつぐらい、いいじゃないですか。それにしても、揚げ立てはとてもうまいな」
「さあ、あっちに行った。お前さんがいると、料理がなくなってしまう」
池内老人が、シッシッと手を振った。
(可愛くないじじいだぜ)
そのとき、もうひとりの可愛くないじいさんの声がした。
「ボク、オイタをしちゃあ駄目だぞ」
和泉昭信が腰に手を当て、屈伸運動をしながら立っていた。
「あれ、おじいちゃん、法事のほうはいいのかい?」
貴志が聞くと、昭信はフンと言って、食卓の椅子に腰かけた。
「足がしびれたんだ。少しぐらい、サボったってかまやしない」
「じいちゃん、そんな不真面目でいいのか。ご先祖さまの罰があたるぞ」
「ケッ、一丁前のことを言いおって。おい、わしにお茶を入れてくれ、喉がかわいた」
池内夫人がお茶を持ってきた。
老人はおいしそうにお茶をすすりながら、貴志の顔をジロリと見た。
「今朝は、なんでわしの写真を破った?」
「えっ、そんなことありましたっけ?」
貴志はとぼけた。老人は貴志の顔を見ていたが、軽くうなずいた。
「そうか、トボケもそこまでいくと国宝級だ――で、ボクちゃんのこれからの予定は?」
「別になにもないけど――」
貴志が答えると、老人がニンマリとした。いやな前兆だ。
「そうか。じゃあ、わしの腰を揉んでくれ」
「なんでぼくが、そんなことをしなければならないんです?」
貴志があっけに取られて言うと、老人はさも当たり前のように言った。
「わしは腰が痛いんだよ。それに肩も凝ってるんだ」
グッと詰まったが、貴志は気を取り直して言った。
「で、いくら出すんですか?」
「なんだ、それは?」
「報酬ですよ。マッサージのお代――」
「なにい!量見の狭いことを言いおって。そんなことじゃあ、大成しないぞ」
「大成しなくて結構です。いくらですか?」
「――千円出す」
「1万円」
「バカ、そんなに出せるか!2千円!」
「1万円じゃなきゃいやだ」
「よし大盤振る舞いしてやる。3千円だ。それ以上は、びた一文も払わんぞ」
「なんで3千円が、大盤振る舞いなの」
貴志は文句を言ったが、老人の条件にしぶしぶ了承した。
リビングで、ソファーに腰かける老人の肩をマッサージした。老人はあれこれと注文をつけて、口うるさかった。
「いたたたっ!おい、痛いぞ。おまえのクソ力はよくわかったから、もちっと優しくやってくれ――なんだ、その投げやりな揉み方は?もっと心を込めて、やるんだ――そう、その調子だ」
貴志は丸っこい肩を揉みながら、頭の中では残酷な思いが渦巻いていた。老人の体を雑巾のように絞って、水脹れした体から、一滴残らず水分を絞り取ってやる。それともふたつに折り畳んで、小包みにして神戸に送り届ける。
老人が気持ち良さそうにあくびをした。
「よし、こんどは腰を揉んでくれ」
昭信はソファーのうえで、うつ伏せになった。
(なんでぼくが、こんな理不尽な要求を受けてるんだ)
貴志は不平たらしく、丸っこい体を見たが、3千円のために仕方なく手を動かしだした。老人の体は
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