第8章 青雲荘

(1)

部屋に戻ると、英二がすでに蒲団を敷いていた。一郎は外出の身支度を整えると、葛城警視と連れたって、慌ただしく屋敷を出ていった。
「なあ、タカシ――」
英二が声をかけた。空いた蒲団をはさんで、部屋の向こうで寝そべる英二は、不安そうな表情をしていた。「予定を早めて東京に戻らないか?」
「どうしてですか?」
貴志は驚いて聞き返した。
「だって――いったい何人殺されれば済むっていうんだ。考えるだけでも怖くなる。現に私たちだって、仁王山で――」
英二は途中で口を閉じると、布団のなかで寒そうに両腕をさすった。
ふと貴志は、教授とふたりきりだということを強く意識した。
無性に教授の蒲団にもぐりこみたくなった。年配者の温もりを感じたかった。

貴志はふらふらと歩み寄って、教授の蒲団にもぐりこんだ。
英二は何も言わなかった。ただ黙って、若者が身体をすり寄せ、自分の身体に手を這わせるに任せていた。
二人の目と目が合った――欲望に輝く若い瞳、多少臆病そうな年配者の瞳。二人はどちらからともなく唇を重ね、お互いの身体をまさぐりあった。
欲望が募ると、二人は寝着を脱ぎ、生まれたままの姿になった。
肌と肌が直に密着して、情欲の炎が燃え上がった。二人は自制心をかなぐり捨てて、欲望の赴くままに口と手を使って相手の身体を求めた。そして淫らな逆さ絵となって、快楽の芯をなぐさめ合った。熱いマグマが急上昇する。
やがて――あの息詰まる一瞬が訪れた。
すっかり満足して眠り込む教授の蒲団から、貴志はそっと抜け出た。

貴志は感激していた。ようやく藤沢教授と親密な関係になれたのだ。その興奮から、なかなか寝つけなかった。時計を見ると、教授との愛の交歓は、せいぜい20分ほどだったのに驚いた。教授のほうを見ると、ぐっすりと寝入っている。
彼は小さくため息をついて、起きあがった。部屋を出てトイレに向かっているとき、人の声を聞いたような気がした。不審に思って、声のした方に向かった。
「それで――どうするつもりだったんだ?」
リビングのほうから、お館さまの声が聞こえてきた。そっとのぞき見ると、お館さまと長男の秀信の姿が見えた。
「おまえは最低の男だ。貞淑な女房がいるというのに――」
お館さまが冷たく言い放ち、息子はうつむいたまま黙っている。
「千佳子はこのことを知っているのか?」
「――知っています」
「知ってるのか――それで、千佳子はなんと言ってる?」
「直接には、なんとも言ってません。ただ――私を無視することに決めたようです」
「それでおまえは、千佳子に申し訳ないと思わないのか」
「――」
秀信がふたたび黙りこみ、お館さまは苛立って息子をしかった。
「黙ってちゃ、わからん!男らしく返答せんか!」
貴志は少し考えて、その場から離れた。これは親子の問題だ。部外者の自分がでしゃばる場面ではない。

朝起きると、隣の蒲団に一郎が寝ていた。昨夜は殺人現場に出かけて、よほど遅く戻ってきたのだろう、警視は健やかな寝息を立てている。
先に起きていた英二が、貴志を見て面映ゆい表情をした。その初心な表情に、ますます先生への思いが募った。
朝食をすませたあと、貴志と教授は連れ立って、散歩にでかけることにした。屋敷の庭では、池内がいつものように竹ぼうきで庭を掃いていた。昨日、加奈子の葬式から屋敷に戻ってきた老人は、どことなく精彩を欠いていた。
「おはようございます」
二人がそろって声をかけると、池内はこちらを見て、おとなしく頭を下げた。
「やはり池内さんの姿がないと、この屋敷は絵になりませんね」
貴志がお世辞を言っても、池内はニコリともせずに、掃き掃除をつづけている。貴志は臆面もなく老人に言った。
「トラを散歩に連れていってもいいですか?」
池内は意外にも、コクリとうなずいた。

二人はトラを連れて、ぶらぶらと歩きながら、皇子城の方角に向かった。トラは散歩が楽しくてしょうがないようだ。ロープを引っ張って先を歩いたかと思うと、戻ってきて二人にまとわりついた。
途中で、何人かの人たちが、二人に向かって人懐っこく笑いかけて、お辞儀をした。おそらくお館さまと一緒のところを見かけて、和泉家の親戚だと思っているのだろう。
なかには、親しげに声をかけてくる者もあった。
「おはようございます。親子でご一緒に散歩ですか」
貴志は満更でもない気がしたが、英二はいやそうな顔をしていた。
「私たちを親子だなんて――」
「いいじゃないですか。なんでしたら、親子じゃなく同性カップルだって言いますか」
英二がたしなめるように貴志をにらんだ。頬を赤く染めている。昨夜、情を交わしてから、教授はずいぶんしとやかになってきた。

城内は朝早いこともあって、人影が少なかった。たまにランニング姿の人が、ジョギングをしながら横を走り去った。
[3]次へ
[7]TOP [9]目次
[*]感想
まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.35b