(4)
夕食の席は静かだった。秀信と俊信兄弟は町に出かけていなかった。一郎は早めに食事をすませて、葛城警視と打ち合わせをしていた。
沈む雰囲気を明るくしようと、神戸から来た和泉昭信だけがしゃべっていた。
「兄さん、ワイン工場の調子はどうでっか?」
お館さまはすっかり憔悴した顔をしていたが、弟に向かって健気に笑みを浮かべた。
「ああ、売りあげも順調に伸びているよ。今年もブドウの育ちがいいようだ」
「それはよかった。しかし、姉さんも大変やったね。あれだけの法事を取り仕切るのは、並大抵のことじゃない」
「おかげさまで、主人のありがたみが、身に染みてわかりましたわ」
夫人が控えめに微笑んだ。
貴志は、そろそろ来そうだ、と身構えた。案の定、彼の名前を呼ぶ、老人の声がした。
「タカシくん、仁王山に登ったそうやな――先生と」
貴志は老人の言葉を無視して、食事をつづけた。
「まさか、オイタをしなかっただろうな?」
「何もしていませんよ」
貴志はブスッとして返事をした。山で起きた出来事は、心配させるから誰にも言うな、と一郎に釘を刺されていたのだ。
「何もせん?本当か?」
「――」
「おや、そうやって黙っているところを見ると、何かやましいことをやっていそうだ」
貴志はため息をつくと、生真面目な口調で言った。
「僕はやましいことなんかやっていませんよ。山頂に登って、皇子町の素晴らしい町並を見下ろしながら、悠久の彼方の出来事に思いを馳せました。それから反対側の海を遠望しつつ、大自然の雄大な営みに、しばし時を忘れました。ぼくが山でやったのは、そんなことぐらいです」
お館さまが驚いたように、貴志の顔を見ていた。その横で67歳の弟は、フンというように鼻を鳴らした。
「お見事だ。文学的な感銘を受ける表現やな。――いい子ぶりおって」
老人の顔は、ちっとも感動したようすがない。「きみはへそから下だけの青年じゃと思うとったが、案外おツムも使うんやね」
「あなた!」
夫人が夫を叱った。
部屋に戻って太田から借りた<省見の書>を読んでいると、池内老人がやってきた。
「速水さま、藤沢警視がお呼びです。応接間にお越しください」
老人はバカ丁寧に言うと、そそくさと部屋を出ていった。どうやら嘉信祭の一件以来、老人の貴志に対する評価は、ますます悪化しているようだ。
貴志は、学術書を読んでいる英二をちらりと見て、応接間に向かった。
部屋のなかには、一郎と葛城警視、それにお館さまがいた。
一郎が貴志に言った。
「仁王山で起きたことは、お二人に話した。どうやら、嘉信祭に始まる一連の事件は、誰かが陰で糸を引いているようだ。そこで、きみにも来てもらった」
彼はお館さまのほうを見た。「あなたは、青雲荘を一般公開したいとおっしゃっていましたが。どうです、今でもそう思っていますか?」
お館さまは貴志の顔をちらりと見て、考えながらゆっくりと話した。
「正直言って、もうそんな気持ちは失せました。儀式のときのタカシくんは、まるで嘉信が蘇ったようで――。いや、あのときは、本当にそう信じていました。その嘉信が言ったのですよ、青雲荘は和泉の手で守れと」
「そして、青雲荘を乱す者は、余が成敗する――」
一郎がつづけた。「加奈子さんは、その日のうちに青雲荘で殺されました」
沈黙が流れた。その沈黙を破って、一郎は言った。
「どうやら犯人は、青雲荘をどうしても公開したくなかったようです。そうでなければ、あんな面倒くさい奇跡の演出はしません。ただわからないのは、タカシくん、儀式の時にとった、きみの行動だ」
一郎は貴志の顔を見た。ほかの二人も彼を見ている。
貴志は3人の視線を意識して、あわてて両手をあげた。
「ぼくは覚えていないんです。でも、太田さんは言っていました。ぼくの深層意識の何かが、神主の祝詞奏上の声に誘発されて、一種の夢遊病の状態になったのではないか、と」
葛城が怪訝そうに訊いた。
「太田さん?」
「ええ、この町の郷土研究家です。ぼくは彼に借りた、嘉信の日誌を読みました。それでぼく自身が、嘉信に同化したのではないでしょうか?」
一郎は貴志の顔を見ていたが、視線を転じてお館さまに聞いた。
「和泉さん、青雲荘の公開に反対していたのは、どんな人たちですか?」
「それは――だいぶいるようですが、表立って反対だと言うような人はいません。皆さんは、私の判断に任せていますから」
お館さまは、はっきりとは言いたくないようだ。
「あのう――」
貴志が口出しした。「爺さん、なにかあの庵にまつわる、言い伝えとか、うわさを聞いたことがないか?」
「そう言えば――」
お館さまは、壁面にぎっしり詰まった書物のほうを見た。「どの本かに書いていたな。嘉信は青雲荘のどこかに財宝を隠したのじゃないかと」
他の3人がいっせいに、お館
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