(2)
ようやく山頂にたどり着いた。
お館さまが言ってた通り、山の反対側は海が遠望できた。海面は陽光を反射してキラキラと輝き、漁船らしい小さな船影が、いくつか浮かんでいた。水平線にそって白い雲が浮かび、その下にライトブルーの陸地が広がっていた。
貴志は岩に腰掛け、その雄大な風景に心を奪われた。海を見ていると、心が洗い清められる思いがした。なぜか涙が滲み出てきた。
英二がやってきて、そっと貴志の横に腰かけた。しばらく海を眺めていて、つぶやいた。
「なんだか、これまでのことが、ちっぽけに思えてくるな」
「ええ――それにこの景色を見ていると、日本は良い国だなあと実感します」
「――タカシ、泣いてるのか?」
英二が、貴志の顔をのぞき込んで言った。
「目を開け続けて、涙腺が緩んだんです」
貴志は手の甲で涙を拭うと、立ち上がって背後を振り返った。カメラを構えた一郎の姿が、遠くに見えた。
「お兄さんはカメラしか能がないようですね。ときには何もせず、大自然のなかで、感傷にひたるってことはないんでしょうか」
「警察の仕事が兄を現実的にしたんだ。あれでけっこうロマンチストだったんだ。よく花なんかを買って、姉さんにプレゼントしていた」
「にわかには信じがたい話ですね」
貴志は言って、唐突に訊いた。「先生は、なぜ結婚しなかったのですか?」
「それは、きみ――」
いきなりの質問に口ごもる教授を見ていて、貴志は自信を持った。
(やっぱり先生は、男のほうが好きなんだ)
そう思うと、大胆な気持ちになった。(今ここには、先生とぼくしかいない)
貴志は前置きなしに教授の小柄な身体を抱き締め、強引に唇を重ねた。
「きみっ――ううっ」
もがく教授を抱き締め、キスを続けていると、抵抗が弱くなった。それをいいことに、貴志は年配者の柔らかい肉体を愛撫した。
ついには、小さな手を掴み、自分の股間に誘導した。
ズボンの布地を突き上げる若い力に触れたとたん、英二はハッとして教え子の目を見た。熱を帯びて生き生きとした瞳が見つめ返した。
そのとき気づいた――自分の本当の気持ちに。自分はこの若者を求めているのだ。
――まるで天啓を得た気分だった。
若者の身体は、競走馬のように頑健だった。そして、手の平に感じる若い力――それは思わず震えあがる、逞しさを秘めていた。
狂おしいほどの欲望が募った。
若者が切なそうに身体を押しつけて、英二のズボンのベルトに手をかけ、次の展開に移ろうとした。
そこで英二は、教職者としての自制を取り戻した。彼は興奮冷めやらぬ赤い顔で、若者にささやきかけた。
「――タカシ、そろそろ山を下りようか」
一郎の姿が見当たらなかった。
貴志と教授は大声で呼びかけながら、一郎の姿を探した。
どこからか、一郎の声がした。くぐもって、谺のような声だった。
その声は、一本だけぽつんと立っている、柿の木の方角から聞こえていた。
そばに近寄ると、周囲を鉄柵で防護された、直径3メートルほどの竪穴があった。一郎の声は、その下から聞こえていた。
「兄さん!そこにいるのか?」
英二が、竪穴に向かって呼びかけた。
「こっちだ。ちょっと下に降りてみたんだ」と一郎の声が下から聞こえた。
よく見ると、柿の木に一本のロープが結わえつけられていて、竪穴のなかに垂らされている。一郎はそのロープを伝って、下に降りたようだ。
「危ないじゃないか。早くあがって来いよ」
英二がいらだって叫んだ。
「ちょっと待て。すごい鍾乳洞なんだ」
一郎の声がして、穴の下から、かすかにフラッシュがひらめいた。
貴志は、木に結わえつけられたロープを調べた。ナイロン生地を撚り合わせたもので、まだ新しくて丈夫そうだった。町の誰かがここに来て、下を探検したのだろう。
彼はロープを握って、竪穴を降りだした。
それに気づいて、英二が叱った。
「タカシ、やめろ!あぶないぞ」
「大丈夫。ぼくも下に降りてみます」
貴志はかまわず、降りつづけた。竪穴は、ほぼ垂直だった。壁は滑らかで、石灰質の岩盤だった。ロープには、50センチ毎に結び目が作られていて、降りるのにさほど苦労しなかった。
10メートルほど降りると、地面に着いた。
「ワーオ!」
思いもかけない光景に、貴志は大声を上げた。
少し先に巨大な洞窟があった。一郎はどこで見つけたのか、カンテラを点していたので、ぼんやりとした明かりのなかで、洞窟のようすが見て取れた。
ドーム状の天井には、大きな鐘乳石が何本も垂れ下がっていて、その真下の地面には、ロウを垂らしたような石筍が突き出ている。ときおり鐘乳石からしたたり落ちる水滴が、光りに反射して、宝石のようにきらめいた。洞窟の先は暗くて見えなかったが、おそらく先まで続いているのだろう。
「どうだ、一見の価値があるだろう」
貴志が近寄ると、一郎が目を
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