(3)
和泉家の人々は、夜の8時ごろ屋敷に戻ってきた。神戸から来た、お館さまの弟夫妻がいっしょだった。彼らは盆のあいだ、この屋敷に泊まることになっていた。
屋敷が急に、にぎやかになった。
男たちは居間に、女たちは食堂に、と集まってくつろいだ。皆は、加奈子の死の話題を、極力避けていた。
楠部一家は、子供たちが遊び疲れてウトウトしてきたころ、牧場に引きあげていった。
和泉夫人はさすがに疲れた表情をしていた。それでもお館さまに代わって大役を果たした安堵感からか、その表情は明るかった。
お館さまの実弟、和泉昭信は、上品な目鼻立ちに兄弟の名残りがあったが、体型的にはまったく似ていなかった。兄よりずっと小柄で、ころころと太っていた。肉付きの良い丸顔は、艶々として非常に血色がよい。
とにかく陽気な老人で、いたずら好きの子供がそのまま大人になったような感がある。
「へーえ、きみが例の青年か。兄が東京でお世話になったそうやね」
昭信が目を輝かせて、貴志に話しかけてきた。すでにアルコールの入っている彼は、目許がほんのりと赤らんでいた。
「それにしても、いい男やね。兄さんがほっとかんのも、ようわかるわ」
「――」
「それにいい体をしてる」
老人はねちっこく貴志の腰のあたりをみて、急に体を寄せると、脇腹を肘でつついた。
「さぞかし、あっちのほうも元気がいいんやろ」
「なんのことですか?」
貴志は澄ました顔で応えた。
「また、また――とぼけおって」
老人は、端っこに座る英二のほうに目配せした。「きみの先生だって?」
「――ええ、大学のゼミの教授です」
「ふーん、大学の教授と生徒が夏休みの旅行か。それで――好きなんやろ?」
「好きと言うより――尊敬しています」
貴志は、こちらの会話に耳を澄ませている一郎を意識して、生真面目な口調で答えた。兄の横では、当の本人の英二が微妙な表情でこちらを見ている。
「また、とぼけちゃって。恋愛なんてのは、なにも男女だけの特権やない。男と男の間やて、美しい愛情はあるんじゃ。それで――手ぐらいは握ってんやろ?」
一郎がキッとして、こちらを見た。
その視線を痛いほど感じながら、貴志は丁寧に答えた。
「何もしていません。先生とは学問上の純粋な関係ですから――」
それを聞いて、老人がにぎやかなはしゃぎ声をあげた。
「また、また、この役者!やりたい盛りの若いのが、そんなことを言うても信じないぞ。さあ、正直に白状するんじゃ、どこまでいった」
そのとき、昭信の妻が、ツマミの入った皿と水割りの氷をもってきて、夫をたしなめた。
「あなた、お客さまにご迷惑をおかけしているんじゃないの?」
「なにを言う、おまえ。わしはこの青年と、会話を楽しんどるんじゃ」
横から貴志が、小声で言った。
「こちらは迷惑してるけどね――」
夫人が老人をにらんだ。
「ほら、ごらんなさい。あなた、お客さまにご迷惑をおかけしているわよ」
「なに?きみ、いま何か言うたか」
昭信は貴志の顔をのぞき込みながら、しつこく言った。「よう聞こえんかったが」
「あなた、いい加減になさい!」
夫人がピシャリと言った。
老人は首をすくめて、小さくなった。どうやら彼は、そうとうの恐妻家らしい。
夫人が食堂に戻ると、ふたたび昭信が貴志に話しかけてきた。
「ところで、きみ、明日はわしにつきあってくれ。町の露天風呂に行きたいんじゃ」
「あ、残念ですけど、明日は約束がありますので――」
「なんだ、約束って――」
老人はまた貴志の脇腹をつついた。「ははあ、先生とデートだな」
「違いますよ。先生のお兄さんと出かけるんです」
一郎が驚いたように、こちらを見た。
老人はしつこく追求してきた。
「どこに行くんじゃ。なんだったら、わしも一緒に行こう」
貴志は返答に窮した。そのとき、兄弟で会話していた俊信が、助け船を出した。
「叔父さん、そんなに速水くんを追いつめないでよ。純情な青年なんだから」
老人が鼻でわらった。
「この若いのが純情やて――。この手の顔は、タヌキやで。まじめな顔をして、その実、人を化かすんがうまいんや」
「叔父さん――」
今度は兄の秀信がたしなめた。「だいぶ酔ってますね。そろそろ寝たらどうですか」
「――賛成」
貴志が小声で言った。
老人は振り返ると、貴志の顔をのぞき込んだ。
「なに、ボク。いま何か言ったか?」
「いえ、何も――」
「いいや、たしかに言ったはずじゃ。さあ、男らしくはっきり言うてみろ」
老人はしつこく貴志に迫った。
「あなたっ!」
食堂から、昭信の妻の叱責が飛んだ。とたん、老人は首をすくめてそっぽを向いた。
そのチャンスを利用して、貴志はそうそうに居間から引きあげた。
「タカシ、あのお年寄りのかたに、だいぶ気に入られたみたいだね」
部屋に戻ってきた教授が、ニヤニヤ笑いを浮
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