(3)
屋敷に戻ると、門の前に二人の制服警官がいた。藤沢警視が彼らと話をしていた。貴志が見ていると、二人の警官は一郎に敬礼をして、パトカーに乗って立ち去った。
「何かあったのですか?」
貴志は警視に声をかけた。そこで警視の厳しい表情に気づき、彼はハッとした。
「まさか――先生になにか――」
恐慌をきたして、貴志は最後まで言えなかった。
一郎が言った。
「英二じゃない。女中の加奈子さんだ」
貴志の胸の内で、安堵と不安が交錯した。
「加奈子さんがどうかしたのですか?」
その質問に、一郎はすぐに答えず、貴志の顔をじっと見た。それから、静かに言った。
「加奈子さんが――殺された――」
部屋のなかに、重苦しい空気がたれ込めていた。
夕食後、一郎が和泉家の全員を集めて、事情を説明しているところだった。彼の姿からは、休暇中のゆったりしたムードが消えていた。
「警察の事情聴取は終りましたが、明日以降も遠くに外出する場合は、必ず行き先がわかるようにしておいてください」
一郎は、全員を見渡しながら言った。
「ええっ!まだ事情聴取があるんですか?」
末っ子の俊信が、不服そうに言った。
一郎は彼の顔を、ジロリと見た。
「ええ、必要があればね」
「かなわんなあ。刑事たち、まるでぼくが犯人だと疑ってるように質問するんだ。あれは気分が悪いよ」
一郎は俊信を無視して、英二と貴志に声をかけた。
「お前たちの事情聴取は済んでいないから、明日、刑事が聞きに来るはずだ」
「藤沢さん」
お館さまが声をあげた。加奈子の死は衝撃だったかもしれないが、老人の変わりようはひどかった。顔色はすっかり生気を失って、目蓋が腫れあがっている。まるでいっぺんに年を取ったようだ。彼はかすれた声で言った。
「池内夫婦は加奈子の郷に行かせます。あれの葬式は、向こうでやりますから。私も葬式に行ってきます。それでいつ――加奈子の――そのう」
お館さまは、言いにくそうだった。
「加奈子さんのご遺体ですね?」
一郎が代わって言った。「警察の検死は今日中に終わるはずですから、明日には戻ってこられます。私からも、早くするように言っておきました」
「ありがとうございます」
お館さまが頭をさげた。その横で、目を赤く泣きはらした池内夫妻も頭をさげた。池内夫人が、思わずすすり声をあげた。
「――量子」
池内が老妻をたしなめた。
「池内の家内は、加奈子の遠縁にあたるのです」
お館さまが説明した。その横で、これも目を赤くした和泉夫人が、夫にささやいた。
「あなた、私も加奈子の葬式に行きましょうか?」
「いや、おまえは家に残っていなさい。明日は盆入りだ。家の行事がある」
「だったら、あなたのほうが家に残っていたら――」
「いや、私が葬式に行く」
お館さまは強い口調で言った。その語気の強さに、夫人が驚いたように夫の顔を見た。
お館さまは、言い訳するように補足した。
「加奈子をこの屋敷に引き取ったのは、私の責任だ。ここは家長として、私が加奈子の葬式に出て、礼を尽くすべきだろう」
藤沢警視が、締めくくるように、みんなに言った。
「現場検証は一応済みましたが、青雲荘はしばらく閉鎖されます。いいですね」
集まった人々がそれぞれの部屋に引きあげたあと、貴志はお館さまに声をかけた。
「爺さん、今日は大変だったな」
お館さまは気抜けしたように、黙ってうなずいた。
「気を落とすなよ。しょんぼりした爺さんを見ていると、こちらまで悲しくなる」
そのとき、部屋の隅からつぶやき声が聞こえた。
「畜生――だれが加奈子を殺したんだ――」
まだ残っていた秀信が、ソファーの片隅で頭を抱え込んでいた。涙の筋がほほに跡を残している。
「秀信、見苦しいぞ!」
お館さまがめずらしく感情をあらわにして、鋭く叱った。
貴志は、老人が息子を叱るのを見て驚いた。まるで吐き捨てるような語調だった。温厚な老人の、そんなしぐさは初めて見た。
秀信は涙を拭うと、のろのろと立ちあがって、部屋を出ていった。
「あれは――子供の頃から、いつも女々しかった――」
お館さまはつぶやいた。貴志はふと疑問に思った。お館さまは、長男が死んだ加奈子に言い寄っていたのを、知っているのだろうか。
「爺さん、じゃあ、ぼくは部屋に戻るぞ」
貴志は老人に言った。部屋を出ていこうとすると、お館さまが小声で言った。
「タカシくん――すまない。せっかくの休暇が、こんなことになってしまって」
「なんだよ、爺さん。しおらしいことを言って。いつもの爺さんに似合わないぞ」
貴志は冗談っぽく言った。
お館さまは寂しげにほほえんだ。それから彼は、お祈りを捧げるような表情をして、貴志を見あげた。
「それにしても、式のときのきみは――」
老人は最後まで言わなかった。
貴志は、老人が言わんとしたことに気づいて、質問し
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