(2)
「一体、なんだったんだ、あれは?」
式の終ったあと、英二は怪訝な顔で貴志に聞いた。すでに参列していた人たちの大半は、式場から退出していた。
「ぼくもわかんないですよ。気がついたら刀を握っていて、燭台が倒れていたんだ」
「全然覚えていないのか?」
「ええ、ぼくは何をしたんです?皆はまるで、幽霊でも見ているように、ぼくの顔を見るし――」
英二は一部始終を話してやった。
「ええっ!ぼくがそんなことをしたって?」
「そうだよ。きみはまるで、狐つきにあったような顔をしていたぞ」
それまで黙って聞いていた池内老人が、ボソリと言った。
「――嘉信さまが乗り移られたんじゃ」
「――!?」
貴志と英二は、ぎょっとして老人を見た。
「みそぎの儀式のときの大水――。あれも嘉信さまの御業じゃ」
「じっちゃん、そんなの迷信だぜ」
貴志が言うと、池内はじろりと貴志を見た。それから、祭壇のほうを見ながら言った。
「なら、あんたは、どうしてあんなことをしたんじゃ?」
「――」
貴志は黙り込んだ。
そのとき、切られた燭台を調べていた一郎が戻ってきた。彼は感心したように言った。
「まったく、見事な切り口だよ。刀の刃はつぶされていたんだぞ。いくら燭台が木でできているといっても、つぶされた刃であんな切り口ができるなんて、信じられない――」
池内がふたたび言った。
「そうじゃろう。やはり嘉信さまの御業じゃ」
「じっちゃん、ぼくだって剣道をやってるんだぞ。べつに嘉信に乗り移られなくても、あんなことはできるんだ」
貴志の言葉に、老人が鼻で笑った。
「ふふん、無理じゃ。お前さんのなまくら腕じゃ、大根も切れんわ」
ふいに、貴志の表情が虚ろになった。
「じい――」
貴志は低い声で言った。池内がギョッとして、貴志の茫洋とした顔を見た。「余を侮辱するとは勘弁ならん!それへ直れっ!手打ちにしてくれる」
池内が思わず後ろにさがって、ひざまずいた。
とたん、貴志がケケッと笑った。
「じじいが、引っかかった」
老人は立ち上がると、顔を赤くして貴志をにらみつけた。
広場では、流鏑馬が始まっていた。狩衣装束の男たちが馬にまたがり、走りながら3カ所の的を弓矢で射る競技だ。
貴志と藤沢兄弟は、観客の中に入って、競技を見物した。矢が的に当たると歓声が上がり、的を外れるとため息が漏れた。
最後に、楠部孝夫が現れた。彼の馬上姿は、さまになっていた。背筋をピンと伸ばし、彼はこれから駆け抜ける馬場をじっと見ていた。
「ハッ!」
楠部は気合いとともに、スタートした。彼の動きは、流れるように滑らかだった。走る馬上で矢を弓につがえ、弦を引き絞って矢を放つ。鏑矢が唸りをたてて空気を切り裂く。矢は3つとも、それぞれの的のほぼ中心に突き立った。
驚嘆のため息、すこし遅れて大きな歓声と拍手が馬場にこだました。
貴志は驚いていた。朴訥で、どちらかと言うとのんびり屋の楠部が、一転して精悍な男に変身したのだ。馬上の彼には、一分の隙もない、みなぎる精神力が放散していた。
「すごい!」
英二が手を叩きながら、つぶやいた。
「ああ、まるで神技を見ているようだった」
カメラのシャッターを押しつづけていた一郎が言った。
「お父さん、絶好のシャッターチャンスでしたね。うまく撮れましたか?」
貴志が警視に聞いた。
「ああ、バッチリだ。さて、私は祭りのようすを撮ってくるよ」
一郎は貴志にうなずきかけると、人混みに紛れ込んだ。
貴志と教授は、城内をぶらついた。仮設舞台では、婦人たちの民芸舞踊や学生たちの吹奏楽がくり広げられ、子供連れの家族や若いカップルでにぎわっていた。
「先生、お兄さんもすっかりぼくを信用してくれたみたいですね」
人混みを縫って歩きながら、貴志は教授に言った。
「どうしてだ?」
「だって、こうして、二人きりにさせたじゃないですか。お兄さんも、気を遣ってくれてるんですよ」
「単にお祭りの写真を撮りたいだけだよ」
「――そうですか?これまでだったら、絶対に二人きりにさせなかった」
「日中だからだ。それに人も多いし」
貴志は立ち止まって、教授の顔をまじまじと見た。
「先生、なんだかぼくが、性犯罪予備軍のように聞こえるんだけど」
「おや、そういう風に聞こえたかい」
英二は言って、妙に気恥しい素振りで、貴志のズボンの前を見おろした。「確かに青雲荘では、きみの性犯罪予備軍の元凶を拝見したけど」
「先生、もう一度見たいって思いません?」
貴志は期待を込めていった。何とか教授を、人目のないところに連れ込みたかった。
英二はさらりと言った。
「やめとくよ。発情期の若者は危険だから」
そこへ和泉兄弟がやってきた。
「やあ、ここにいたのか」
俊信が声をかけて、貴志を意味ありげに見た。「さっきはびっくりしたよ。突然、あんなことをや
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