(3)

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和泉老人の記憶が薄れかけたころ、当の本人から貴志のもとに電話があった。
――やあ、タカシくん?お久しぶり――。
「だれだっけ?」
老人の声はすぐにわかったが、貴志はとぼけた。
――和泉だよ。きみのベッドでいっしょに寝たことのある――。
「ああ――なんだか頭痛がしてきた」
貴志はそっけなく言った。「それで、なんの用だい?忙しいんで、手短かに頼むね」
――この前は、本当にお世話になったね。それでお礼と言っちゃあなんだが、こんどの夏に、私のところに遊びに来ないか?――。
「遠慮します」
貴志はすぐさま言ったが、それではあまりにもそっけないと思って、言い足した。「そのう――行きたいのは、やまやまなんだけど、クラブの合宿があるんだ」
――合宿は夏のあいだ、ずっとかい?――。
「それは――盆のあいだは休みだけど」
――じゃあ、そのときに来なさい。実はその頃に、12年に一度という、お祭りがあるんだよ――。
「――」
――ぜひ来なさい。滅多には見られないものだよ――。
「――」
――もしもし、聞いてるの?――。
「聞いてるよ。でも行けないな。金がないんだ。5月に、だれかがぼくのところに押しかけてきて、なけなしの金を使われて以来、ぼくはずっと金欠病なんだ」
貴志は嫌みたっぷりに言った。
――なんだ、そんなことか。じゃあ、きみにお小遣いを送ってあげよう。往復の切符代もね――。
「――」
――遠慮することはない。きみにはとてもお世話になったからね――。
「――」
――もしもし――電話の接続が悪いのかなあ?――。
「聞こえてるよ。でも、あまり乗り気がしないな」
――じゃあ、ゼミの先生と一緒に来たらいい。写真の先生とは仲がいいんだろう?こちらにはいい馬がいるし、馬場もあるんだ。それに、露天風呂もある――。
老人の最後のひとことが、貴志の興味をひいた。露天風呂と聞いて、藤沢教授の裸姿を連想したのだ。
「露天風呂?爺さん、そっちは温泉もあるのか?」
――ああ、湯の量も豊富だよ。温泉のおかげで、こちらは老若男女を問わず、肌のつやつやとした人が多い――。
「――爺さん、先生のスケジュールがあえば、行ってもいいな」
――じゃあ、電話をおくれ。楽しみに待ってるよ――。

老人との電話がおわったあと、貴志はさっそく藤沢教授に連絡をとった。教授は兄夫婦の家を訪れているところだった。
貴志は、和泉老人からの電話の内容を、教授に伝えた。老人と知り合ったいきさつは、以前、話していたので、説明をはぶいた。
――面白そうだな。盆の間だけなら、行ってもいいぞ――。
信じられないことに、教授はあっさりと同意した。貴志は、はやる気持ちを押さえて、冷静に言った。
「また土壇場になって、急用ができたなんて言わないでしょうね?」
――タカシ、きみはいつからそんなに疑い深くなったんだ。私が約束したことは、銀行にお金を預けるくらいに信用してもいいんだぞ――。
(いつも約束をすっぽかしておいて、よく言うぜ。それに、いま一番あぶないのは、銀行じゃないか)
貴志は、これまで何度も教授に失望させられたことを、思い出していた。
――もしもし、聞いてるのか?――。
「ああ、聞いていますよ。では爺さんに、ふたり行くって伝えておきます」

電話を終えて10分ほどしたあと、藤沢教授から電話があった。
――さっきの話だけどさ、私の兄がきみの話を聞きたいって言うんだ――。
「ええっ、お兄さんも一緒に行きたいって言うんですか?」
――そうじゃなくて、私がひとりで行くのが危険じゃないかって言うんだ――。
「危険?ぼくがいっしょに行くんですよ」
――だからこそ危険だって、兄は言うんだ――。
「ぼくが?この人畜無害のぼくがですか?」
――きみが人畜無害だとは思わないけど、とにかく兄は、きみと直接会って、話がしたいと言ってるんだ――。
「お兄さんがぼくと――」
貴志は、教授の兄、藤沢一郎が苦手だった。これまで二度ほど何かの用事で、藤沢一郎の家に行ったことがある。教授の兄は、いつも貴志をうさんくさそうに見ていた。そして説教めいた、堅苦しい話をする。
藤沢一郎は、警視庁刑事課の警視で、堅物を絵に描いたような人物だった。肉体的にも、弟の英二とはまったく違っていた。中背小太りの体格は、50代半ばにして、筋肉にかわって脂肪がつき始めていたが、若い頃に柔道で鍛えた肉体の名残りは、随所に残っている。彼はその肩書きとずっしりとした体重でもって、貴志のような若者に、にらみを利かせていた。
電話の向こうで、教授が言った。
――とにかく明日の夜、八時に兄の家に行ってくれ。きみを待ってるそうだ――。
「ああ――そうします」
貴志はしょんぼりとして、電話を切った。

翌日の夜、警視庁の警視と向かい合って、貴志は固まっていた。背筋をピンと伸ば
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