毎年、アジサイの咲く頃になると、妙に心が浮き立つ。
この梅雨のうっとうしい季節に何で、と疑問に思われる方もおられるだろう。
実はこの時期になると、ひとりのお爺ちゃんを思い出すからだ。
もうずいぶん前になる。私が50代前半の頃、ひとりでふらりと鎌倉に行ったときのことだ。きっかけは何だったか忘れたが、とにかくアジサイを見るのが目的だったようだ。
鎌倉駅から江ノ電に乗って長谷駅で降り、歩いて長谷寺に行った。古木を前景にした雰囲気のある門構えの前に、大勢の観光客がたむろしていた。
まず前庭の花菖蒲を鑑賞して、石段を登り、寺院に入った。休日なので、立錐の余地もないほど人でいっぱいだった。
そのあと寺院の脇にある、アジサイの散策路に入った。色とりどりのアジサイが、山道を覆うように咲き誇っている。
坂道の中腹を越えたところで、アッという声が起こった。すぐ前を歩いていたおじいちゃんが足を踏み外して、倒れかかってきた。
この頃はまだ反射神経があった私は、とっさに老人の体を抱きとめたが、あおりを食ってあやうくバランスを崩すところだった。
老人は息を詰めて、苦痛の表情で左足を触ろうとしていた。どうやら、こむら返りを起したようだ。私自身も経験があるので、すぐに理解した。
「ここでは何ですから――」
私は声をかけて、老人の膝と背中に腕を回して、横抱きに、人ごみを縫って坂を登った。老人は人の目が恥ずかしいのか、私の腕の中で頬を染めている。
老人には連れがいないようだ。年の頃、70前後、背の低いやや小太り気味の体型をしている。
上の平地で老人の体を下ろし、ズボンの裾をまくり上げて足の状態を見た。色が白く体毛のない、ツルンとした足だった。軽く触診すると、ふくらはぎが硬く強ばっていた。
「少し痛いけど、我慢してください」
老人の左の靴を脱がせ、足指をまとめてゆっくりと甲側に反らせる。硬直したふくらはぎを伸ばす、応急処置だ。それを何回か繰り返し、ついで足をマッサージしてやった。
ふくらはぎの強ばりが取れて、老人がホッとした様子で言った。
「ああ、楽になりました。本当に何とお礼を言ったら良いのか――」
それがきっかけになって、その日は夕方まで老人と付き合った。
容貌も話しぶりも、穏やかなイメージの老人だった。
薄くなったロマンスグレーの頭髪に、仏様のように穏やかな目鼻立ち。小太り気味の丸っこい肉体。柔らかい物腰のなかに、知性も窺える。
私はこの可愛らしいお爺ちゃんに、すっかり心を奪われた。
長谷駅まで歩いて行って、江ノ電に乗り、鎌倉駅まで戻った。そこから老人の住まいの近くだという鶴岡八幡宮に向けて、ゆっくりと歩いた。
その間、私は老人の体に腕を回して支え、痛めた足を庇ってやった。
途中、川端康成がよく立ち寄ったとされる蕎麦屋で、遅い昼飯を食べた。老人がどうしてもと言って、奢ってくれた。
その日、お年寄と一緒に過ごした半日は、夢のようなひとときだった。
私は胸に秘めた思いを、表に出せなかった。自分の気持ちを伝えて、老人に嫌われるのが怖かったのだ。
それでも、すっかり信頼しきって穏やかに笑いかける老人の温顔や、手に残る柔らかい体の感触は、私の心を千千に掻き乱した。
当時は、本当にウブで臆病な私だったのだ。
私の気持ちを知ってか知らずか、老人は別れ際に、機会があればまた会いたい、と言った。私は名刺を老人に渡して、後ろ髪を引かれる別れをした。
それから半年が過ぎても、老人からの電話は無かった。
諦めかけた頃、一通の手紙が会社の私あてに届いた。
老人の奥さんからだった。主人は脳梗塞で倒れ、そのまま帰らぬ人になったと書かれていた。老人は予感していたのか、前もって私の名刺を奥さんに渡して、自分に何かあったら連絡してくれと伝えていたらしい。
それ以来、私はアジサイを見ると、その老人のことを思い出す。
たった半日のお付き合い。甘酸っぱい初恋のような思い出――。
いい年をした男が何を、とお思いかも知れないが、こんな思い出があったればこそ、私は梅雨の時期が好きなのだ。
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