(1)奥村昭彦65歳

日差しはないが、空は明るかった。
梅雨のこの時期、久しぶりの晴れ間と言ってよい朝だ。
奥村昭彦は、越中フンドシにユカタを身に着け、きりりとたすき掛けをした。
それから自分に気合を入れるように、「さあて」と声に出して、カゴに入れた洗濯ものを縁側に持っていった。
庭には紫陽花が今を盛りと咲いている。それを横目に、昭彦は慣れた手つきで、洗濯物を物干し竿に吊るしだした。

昭彦は65歳になったばかりだ。背は低いが小男というほどでもなく、すっかり薄くなった頭のごく平凡な初老男である。
4年前、妻に先立たれ、ふたりの子供は既に結婚して、外に出ている。
独り住まいの古い我が家は、3LDKのうち常時使うのは1LDKとなっていたが、彼の几帳面な性格を反映して、どの部屋も掃除が行き届いている。

昭彦は現役のころ、働くことが趣味じゃないか、と言われるほど良く働いた。
そんな男が定年退職して、退屈のあまりボケなくて済んだのは、新しい世界を知ったからだ。
リタイア後、ふらりと立ち寄ったスナック――そこが年配者の集まるホモバーだというのは、後で知った。
それと知らずに店に入った昭彦は、感じの良い60年配の紳士に声をかけられ、すっかり意気投合した。そして気がついた時には、その紳士とホテルの一室にいた。
男は、昭彦を裸に剥くと、女のように愛撫した。何が起きているのか完全には理解できていない昭彦は、ただ男に身を任せ、波間に漂う小舟のように、体をうねらせていた。
そして裏門を犯されたとき、痛みの伴う快感というものを初めて味わった。
こんな世界があるとは、おぼろげに知っていた。しかし、これほど興奮の伴うものだとは、思いもしなかった。
それは、経験して初めて理解できる感覚だった。



それ以来、昭彦の世界観は一変した。彼は新たなアバンチュールを求めて、ホモバー巡りをするようになった。また人づてに聞いた、その方面のサウナにも行った。
3年も経つと、相手をした男性も、一桁ではすまない数になっていた。いずれも50代から70代までの男性だった。
若者からちょっかいを出されることもあるが、頑なに逃げ続けてきた。と言うのも、一度だけひどい経験をしたことがある。
背が低く肌のきれいな体は、若者から見て、絶好のカモと思われ易い。あるとき、酒を飲んでいい気分でふらついていた昭彦を、2人の若者が無理矢理、アパートの一室に引っ張り込んだ。
生きた心地がしなかった。
裸に剥かれ、焼け火箸のような固い性器を口や肛門に突っ込まれた。
死ぬような苦痛だった。彼らは若いだけに、一度の射精では満足せず、何度も求めてきた。
昭彦は口や肛門を犯されながら、ただ早く終わることだけを祈り続けた。
それからだった、彼が若者を極端に避けるようになったのは。
18/06/07 09:43更新 / 神亀

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