『壺中天あり』ということわざがある。壺の中に住む仙人の故事から「世俗にとらわれず独自の世界――すなわち別天地を持つ」と解釈している。
しかし、お仲間内では、もっとストレートな意味で、まさに天国のような壺の持ち主に出会うこともある。
(1)
そもそもの話は、木内俊郎が58歳になったときのことである。
俊郎はその年、監査役に就任して、時間的にずいぶん余裕ができた。彼専用の社用車はなくなったが、朝の通勤時刻は、以前より1時間ほど遅くなった。
慣れとは恐ろしいもので、最初のうちは遅い出社に多少なりと罪悪感を覚えたものだが、今やすっかりその余裕を享受している。
夏のある朝、電車に乗ると、いつもの習性で、好みの体型をしたフケをそれとなく探す。
お、居た居た――。
さっそく俊郎は、背後からフケに近づいた。
フケは吊革につかまって、ぼんやりと窓外の景色を見ている。身長160センチほど、小太り気味で、上着はなく、白の半袖カッターシャツと黒ズボンを穿いている。片手に持った鞄から推察するに、会社の勤め人らしい。
斜め後ろから観察したところでは、自分より若いと思った。白髪混じりの短髪、銀縁眼鏡、なめらかな横顔は適度の張りがあって、壮年の覇気を感じさせる。
好みの年齢層より少々若そうだが、妙に惹かれるものを感じた。
とくにお尻の形が良かった。薄い布地を丸く張りつめて、ほどよい弾力を感じさせ、いわゆる上げ尻である。
上から見下ろすと、形良く膨らんだ双丘があり、その合わせ目はぴっちりと閉ざしているのではなく、一定の幅をもって柔らかく窪んでいる。
――この窪みなら、太い杭でも余裕を持って受け入れそうだ。
朝っぱらから、つい、いやらしいことを考えてしまう。
こういうときは、ラッシュアワーを過ぎて、空いた電車がうらめしい。混雑にまぎれて、直に触ったり、ズボンの前を押しつけたりすることが出来ないからだ。
男の後ろでウジウジしていると、俊郎の背後の席が空いた。さっそく席に腰をおろして、男の後ろ姿をじっくりと観察する。
適度に肉のついた形のよいお尻は、最初の印象よりずっと柔らかそうにみえる。
あの尻をググッと押し開いて、泣き叫ぶフケの初物を無理やりいただく――。頭の中で、淫らな想念が渦巻いた。
次の駅で、俊郎の横の席が空いた。気が付かないのか、男は吊革につかまって、向こうを向いたままだ。
――さあ、こちらにおいで。
俊郎は頭の中でつぶやいた。
そのとき、俊郎の念力が届いたかのように、男が振り返って、空いた席に近づいてきた。
思った以上にフケの顔だった。俊郎と同年配か少し上だろう。
丸く禿げ上がった額、ハの字型の薄い眉毛、小造りの目鼻立ち。なんとなく童顔だと思っていたが、想像通りのかわいらしい顔である。
フケと目が合った。かすかに頭をさげてきた。
とたんに心が浮き立った。
フケが横に腰掛けて、体が触れ合った。
俊郎は幸せだった。右腕と右ひざを通して、フケのかすかな体温が伝わってくる。軽い接触だが、息付く肉体の存在感にうっとりとする。
横目でうかがうと、剥きだしの腕は体毛がなく、年の割に締まって若々しい肌をしている。かばんの上に置かれた手は、こぢんまりとして、力仕事には不向きだが、手入れの行き届いたきれいな指だ。
フケがそっとこちらを窺う気配を感じた。長年培った勘で、相手がこちらを意識しているのが分かる。
ひょっとしてお仲間――。
淡い期待感に下腹部がゾクリとする。
電車の揺れを利用して、少し腰を近づけた。太ももの接触感が強くなり、温かな弾力が伝わってくる。
幸せ感が増幅した。
フケはじっとしていたが、気のせいか、少しこちらに寄り掛かったように思える。
試しに、右足のひざをそっと押し付けてみる。
フケが反応して、押し返す。
ビンゴ!
さっそく、男好きの本領を発揮して、軟派を始める。
「毎日、暑いですねえ――こんな日は涼みながら、ビールでも飲んで――どうですか、今日の夕方――」
というわけで俊郎は、厚かましくもデートの約束を取り付けてしまったのである。
待合わせのホテルに行くと、ラウンジにフケの姿を見つけた。途端、初恋の人とデートしたときの、初心なときめきが蘇ってくる。
まずはバーの片隅でビールを飲みながら、軽い世間話をする。緊張を解きほぐす前戯のようなものだ。最初は堅い表情のフケも、じょじょに和らいでくる。
年齢は65歳、思ったより年上だった。長年勤めた会社を辞め、今は学習熟の講師をしている。名前もわかった。仮にターさんとしておく。話し振りからすると、控え目かつ温厚な性格のようだ。
ターさんは、酒がいける口だったので、ビールからウイスキーに切り替えた。アルコールが進むにつれ、ターさんは、問われるままに自分のゲイ歴を話しはじめた。
初めての男色体験は、彼
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