第三部邂逅(十二)

(十二)

すでにあたりは薄暮に覆われていた。
海滑城のお濠端にある宏大な屋敷の前で、一台の駕籠が止まった。
突如、黒い影が走った。
ふたりの徒侍が、当て身をくって声もなく倒された。駕籠持ちの六尺は、どうしていいか分からず震えている。
「のちほど屋敷に知らせろ。ご家老は預かった、へたに騒ぐと命は無いぞ、とな」
覆面をした男は、六尺たちに言うと、駕籠に歩み寄った。
「出ろ」
駕籠から小柄な男が出てきた。海滑藩国家老の長尾将左衛門だった。
「何者だ!」
将左衛門は、憶せず誰何した。
覆面の男は答えず、長尾に歩み寄ると素早く当て身を入れた。
「ぐっ――」
くずおれる長尾の身体を支え、腰から大小の刀を抜き取ると、駕籠の傍に投げ捨てた。それから小柄な身体を軽々と肩に担ぎ、いずこかへと歩み去った。

ほの暗い蝋燭の明かりの中で、長尾将左衛門は息を吹き返した。
どこか人家から離れたところにある、打ち捨てられた社の中のようだ。
闇の中から声がした。
「気が付いたか」
将左衛門が半身を起こすと、部屋の中に風間新之輔の姿を認めた。
ゆったりと胡坐を組んで座っている。頬が削げ、以前より凄みが増したように思える。
「三年前の恨みをとやかく言う積りはない。いくつか質問に答えてもらう」
(あれから三年になるのか)
将左衛門はふと、感慨にも似たものを覚えた。
「答えなければどうするおつもりかな」
将左衛門は穏やかに聞いた。
「痛い目にあわす」
新之輔は、そばに置いていた刀を引き寄せて言った。
「ならばお切りなされ。わしはそなたに汚名を着せて殺そうとした男だ。もとより覚悟はできている」
将左衛門は、小さな体をせいぜい反り返らせた。
「ほう、いい覚悟だ」
新之輔は声に凄みを持たせて、抑えた口調で言った。「ご家老を裸に剥いて、女のように辱めてもいいのだぞ」
将左衛門が目を見開いた。
なおも追い打ちをかけるように、新之輔は言った。
「衆道の作法については、存分に知っておろう」
わずかに将左衛門が目を反らせたのを見て、やはりこの男もご前と結ばれていたか、と確信した。
「そういう痛い目でもいいのだな」
将左衛門はたじろいだ。
「それは――できれば痛い目にあいたくないが」
「だったら答えてもらおう」
新之輔はきっぱり言うと、第一の問いを発した。
「ひとつ。お上は心ノ臓の発作で身罷ったことになっている。しかし事実は、密かに弑された。ご家老は関係しているのか」
その言葉に、将左衛門は驚愕の表情を浮かべた。
「そんな滅相もない――江戸表からの書状では、お上は心ノ臓の病で亡くなられたと聞いている」

将左衛門は本当に知らないようだ。その話は置いて、もうひとつの質問をした。
「ところで、拙者は黒鉄衆に何度か襲われた。江戸家老の室井正俊は、その動きを知らなかった。となると、あとは国元だが――」
新之輔は、将左衛門の顔を真っ直ぐに見た。「誰の命令だ?」
室井正俊が新之輔に会ったことは、すでに知らせが届いているのか、将左衛門は平然としていた。
「拙者が命令しました」
将左衛門の言葉遣いは微妙に変化していたが、いまや臣下のそれになっている。
「なぜ執拗なまでに、拙者の命を狙った」
「あなたが江戸に行き、お上を弑すると考えたからです。それがかなわなくとも、お家騒動で、海滑藩はお取り潰しの憂き目にあいます」
「なるほど。ところで縁あって、拙者は幕府参与の保科正之さまと面識がある。保科さまは拙者の顔を見て、前の藩主首藤宗定の落胤ではないかとおっしゃった。ご家老はこのことを知っているか」
将左衛門は驚いた表情をした。いかにも作られた表情だ。
「初めて聞きました。あなたは、風間佳右衛門どののご子息とのみ思っておりました」
しゃあしゃあと言う将左衛門をじろりと見て、新之輔は言った。
「馬脚を露わしたな。ご家老は最前から、拙者の臣下であるような口利きをしている。あとは説明するまでもなかろう」
「――」
長尾将左衛門は黙り込んだ。これ以上は何をされようと絶対に口を開かない、そういう気概が伝わってきた。

新之輔は、静かに話しだした。
「拙者は旅先で刺客に襲われたが、無事江戸にたどり着いた。その後、三人の藩士が拙者の住まう長屋にやってきて、たまたま通り合わせた剣客に殺されるという事件があった。それから七日と置かずに、お上が急死した。これはおかしいと思わぬか」
新之輔は一呼吸置いてから、話を続けた。
「拙者の憶測を言おう――。お上は拙者が江戸にいると知って、是が非でも殺して来いと大騒ぎした。しかし、それでは幕府に知られて、何かと詮議される」
新之輔は立ち上がった。
「それは海滑藩として、最も避けるべき事態であろう。ところで、お上の長子、松太郎さまは、心身ともにきわめて壮健。そこである人物は考えた、跡目相続を
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