(9)

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ボブの予想通り、3日間、好天つづきだった天候が、最終日にくずれた。空はどんよりと曇り、雨はまだ降っていなかったが、風が出てきた。とたんに気温が急降下してきた。こうなるとセントアンドリュースは、本来のタフなコースに変身した。
選手たちは、吹きすさぶ風と、手もかじかむほどの寒さにてこずっていた。きのうまでは半袖シャツの軽装だったのが、今日はほとんどの選手が、長袖セーターを着ていた。そんな天候のもとで、スコアを維持するだけでも大変だった。大半の選手はホールが進むにつれて、スコアを崩していった。

「タカシ、きのうはよく眠れたかい?」
「ああ、おかげさまで良く眠れたよ」
貴史は言って、ボブの耳元でささやいた。「溜まったものを出して、スカッとした気分だ」
ボブはちょっとはにかんで、そっと言った。
「じゃあ、今日は快調だな」
「ああ、すべて快調だ。それからボブ、きょうはティーを低くして、ローボールで攻めるぜ」
「オーケイ、タカシ。風が強いからね。でもトップしやすいから、それだけは気をつけて」
「大丈夫だ、トップ気味に打つのも想定内。風には慣れているからな」
「それに、打ち急ぎと力みにも気をつけて」
「オーケイ、ボビー」
二人はスタートホールに向かっていた。
貴史は寒さに備えて、万全の服装をしていた。これも渡英前に、ボブのアドバイスがあったればこそだった。
しかし、冷気に左膝がシクシクとうずいていた。彼は気力を奮い立たせるように大きく深呼吸をして、ゆっくりと歩いた。少しおくれてボブが、ゴルフバックを肩にかけて貴史のあとに続いた。

スタートホールの手前で、大きなカメラを手にした伴が、貴史に向けて手を振った。彼もこちらに来ていたのだ。
「貴史、今日こそは、おまえの初優勝の記念すべき瞬間を撮るぞ。まさかいつものように、期待外れはしないだろうな」
「じっちゃん、ぼくにプレッシャーをかけてんのか?」
「バカ、声援を送ってるんだ。これまでずいぶん、おまえには失望させられたけど、きょうは大丈夫だろうな」
「じっちゃん、声援を送るのなら、黙って遠くから見ててくれ。そのぽってりしたお尻に気を取られて、集中できないからな。それに、勝負は時の運。お祈りでもしててくれ」

ティーグラウンドに立つと、貴史はフェアウエーの先を見渡し、大きく深呼吸した。
ラフの両サイドには、ギャラリーがぎっしりと詰め掛けていた。それを見て、貴史はふと何年も前の、プロ野球の優勝決定戦を思い出した。ずいぶん昔のことのように感じたが、そのときの高揚した気分が、まざまざと蘇ってきた。
そのとき、貴史の名前がアナウンスされた。彼は武者震いすると、もう一度、大きく深呼吸をして、前に進み出た。

最初に脱落したのはフェリスだった。彼はほかの二人よりも年長で、体力的にも劣っていた。風は、立っているだけでも、体が揺れ動くほど強くなっていた。フェリスの技巧をもってしても、その強い風には勝てなかったのだ。アウトが終わって、彼はふたつスコアを落としていた。
貴史とケリーは、はげしい鍔競り合いを演じていた。若いケリーは自信に満ちあふれ、風をものともしないプレーを展開した。ドライバーショットでは体力にものをいわせて豪快にかっとばし、アイアンショットは果敢にピンを狙って攻めていた。
貴史はケリーのプレーぶりに挑発されずに、自分のゴルフを続けていた。ドライビングアイアンのショットは地を這うように低く、飛距離よりもコントロールだけを心がけた。
セカンドアイアンでは、ボブのアドバイスに従って、危険性のすくないグリーン位置を狙った。
アウトが終わった時点で、ケリーが3つスコアを縮めて逆転し、トップに立っていた。こんな強風下では、最高のプレーだった。貴史はひとつ縮めて、ケリーに1打差でつづいていた。

インに入ってからも、強風のもとで、貴史とケリーの競り合いがつづいた。
ケリーの、バーディーもあればボギーも叩くという、出入りの激しいゴルフに対して、貴史はずっとパーセーブをつづけていた。一方フェリスは、インに入ってもボギーが先行して、もはや優勝争いから完全に脱落していた。
テレビを通じて全世界のゴルフファンが見守るなか、貴史とケリーの息づまるような競り合いは、最終ホールまでもつれこんだ。ケリーが17番でボギーを叩き、ついに二人は最終ホール、10アンダーで並んでいた。

二人は18番のティーグラウンドに立った。
この最終ホールは、フェアウエーが広々として、石造りのクラブハウスに真っ直ぐ向かって打っていく、さほど難易度の高くないホールだった。
若いケリーは自信にあふれ、まだじゅうぶんに余力があるみたいだった。いっぽう貴史は、フェアウエーが空くのを冷静に見ていたが、彼の顔にはぬぐいようのない疲労がにじみ出ていた。
フェア
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