(5)

(5)

プロ入り2年目のシーズンが始まった。
出だしは好調だった。貴史は最初の試合、ハワイアンオープンで8位にはいった。しかしその後は、泣かず飛ばずの成績がつづいた。
貴史は焦らなかった。ショットそのものは、昨年にくらべるとはるかに安定していた。それに筋力トレーニングの効果があって、飛距離も伸びていた。トラブルショットも、さほど苦にせずにリカバーできるようになった。
あとは勝つ味を覚えるだけだった。
4月に入り、四大選手権のひとつ、マスターズが始まった。貴史の母国、日本からも数人の選手が参加していた。
同国人のなつかしさで、貴史は彼らのところに出向いて、ひとりひとりに挨拶をした。彼らは異国の地で日本人の貴史に出会い、歓迎してくれた。なかには以前、テレビ対談で同席した選手もいた。貴史はすすんで彼らの通訳をかってでた。
しかし、試合が始まれば、そんな友情もかまっておれなくなる。貴史も彼らも、最終日まで生き残れるように、持てる力をフルに発揮して、プレーに集中しなければならなかった。

貴史は、会場であるオーガスタ・ナショナルを、安易に考えていた。あまりにも美しすぎるのだ。フェアウエーは緑のじゅうたんを敷きつめたように平坦で、樹木も池もラフも、すべてが人工的に手入れが行き届いていた。
貴史のホームコースとは、雲泥の差だった。
しかし、プレーが進むにつれ、貴史はこの美しいコースに仕組まれた、巧妙な罠に気づいた。ロングホールではツーオン狙いか刻みのスリーオンか、プレーヤーの胆力を試すように、ウォーターハザードが配置されている。
しかも、そのロングホールを無難にパーで上がったとしても、ミドルやショートホールは、全てボギー以上の可能性があるタフなコースだった。
グリーンは傾斜して速く、ちょっと気を抜くとスリーパット以上の危険性があった。とくにアーメンコーナーと呼ばれる10番から12番までは、過去に悲喜こもごものドラマを生み出した、いわゆる勝負を決定づける3ホールとして有名だった。

そんなコースにもかかわらず、貴史は初日から好調だった。とくにパッティングの調子がよくて、3日目を終わって首位と3打差の5位タイにいた。
しかし最終日は、優勝への欲が出て、彼のショットは微妙に狂いだした。前半は寄せワンのパーが続いたが、後半に入って好調なパットも狂いだした。不完全燃焼のまま終わってみると、7位タイだった。
その成績に貴史は不満だったが、テレビや新聞の報道陣が彼のまわりに集まってきた。ゴルフ界では無名だが、日本プロ野球のスーパースターだった貴史がマスターズで活躍したことは、格好のニュースになったのだ。
とくに日本の報道陣の取材は、過激だった。彼らは執拗に、貴史の宿泊先や次の試合場まで追いかけてきて、インタビューを申し込んだ。
それでも貴史は、紳士的にかれらに対応した。そしてやんわりと、自分はいいが、他の人に迷惑をかける行為だけはひかえるべきだ、とつけくわえるのを忘れなかった。

「マスターズの最終日は、よくがまんしたな」
「ああ、トミー。あなたの教育が骨身に染み込んでいるからね。思い通りにならなくても、けっして焦るな。いつかチャンスがくる。そのときを待てってね」
貴史の宿泊するホテルに、トム・ギルフォードがたずねてきて、二人はホテルのバーで飲んでいた。
「でもあの最終日は、最後までチャンスはこなかった」
「それはきみが勝ちを意識したからだよ。欲がでると、妙なところに力が入って、ショットも微妙に狂ってくるんだ」
「トミーも現役のときに、そんな経験があるのか?」
「もちろんだとも。そんなことは数え知れないほどあった。プレーヤーなら誰だってあるさ。でもね、そんなとき無心になれる人間が、一流のプレーヤーになれるんだ」
「無心ねえ――遠い昔にそんなことを感じた気がするよ」
「そうだ、思い出すんだ。きみがホームランをかっ飛ばしつづけていたときのことを。無心の境地だ。日本には、剣の道をきわめた武士がいただろう。ムサシという」
「へーえ、トミーは宮本武蔵を知っているのかい」
「ああ。以前、マイアミできみとプレーしたことのあるボビーに聞いたんだ。彼はあれで日本通なんだ」
「覚えてるよ、ボブ・ヘイルだろう。彼はどうしているんだい?」

トムは目をそらした。小じわの多い顔に、苦悩の表情がよぎった。
彼はぽつりと言った。
「ボビーは――人生を踏みはずした」
「どうして?」
貴史の問いに、向き直ったトムの顔は、きゅうに老けこんだように見えた。
「わたしは彼に目をかけていたんだ。わたしの後継者として、ティーチングプロにしようと思っていた。彼は学生のときから頭のいい男だったからね。でも彼は、ツアープロをやめたあと、わたしのもとに来なかった」
「いまどこにいるか知ってるかい?」

[3]次へ
[7]TOP [9]目次
[*]感想
まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.35b