(2)
ある日、トムが中年の白人男性を連れてきた。欧米人にしては背が低く、ずんぐりむっくりした体つきをしている。いかにもすなおそうな童顔で、ひげのないほっぺたは、赤ん坊のようにつやつやとしていた。
「ボブ・ヘイルだ。彼はわたしの教え子でね。プロゴルファーなんだ。ボビー、タカシ・タカヤマだ。彼は日本プロ野球界のスーパースターだったんだぞ」
男は、まぶしそうに貴史を見上げた。
「知っている。ミスター・タカヤマ、あなたの名前はアメリカでも有名だ。史上初の4割バッターだろ。あとでサインをもらえるかい?わたしはあなたのファンだったんだ」
貴史は握手をしながら、ヘイルをいぶかしげに見た。
(ぼくをからかっているのか?)
しかし、ヘイルのつぶらな瞳は青く澄んで、無邪気な子供の目のように輝いていた。
「ありがとう。タカシと呼んでくれ」
「オーケイ、タカシ。わたしもボビーと呼んでくれ」
貴史は、この実直なアメリカ人が気に入った。飾り気がなく、口数が少なくて、アメリカ人にしてはめずらしいほど控え目な節度をもっている。タイガース時代に仲のよかった、ポールにイメージが似ていた。
二人を紹介すると、トムが言った。
「タカシ、きょうはボビーといっしょにラウンドするんだ。いいかい?」
「大歓迎だ。プロのてほどきを受けられるなんて、最高だよ」
貴史が言うと、ボブがきまり悪そうに肩をすくめた。
「タカシ――わたしはプロといっても二流なんだ」
トムが慰めるように言った。
「まあ、そのうち芽が出るさ。ゴルフを始めたのが遅かったからな。ボビー、きみは今年何歳になるんだ?」
「8月で43歳になった」
「そう――わたしにくらべれば、まだまだ若者だな」
ヘイルはさすがにプロだけあって、すばらしく伸びのあるショットを放った。背の低い分、どっしりとした下半身がよくカバーして、ティーショットはコンスタントに280ヤード前後飛ばし、歯切れのよいアイアンショットにも安定感があった。
しかし、彼の欠点はすぐに露呈した。アプローチやパッティングのフィーリングが悪いのだ。これはプロにとって致命的だった。いくら正確に3百ヤード飛ばそうと、グリーン周辺の数フィートも同じ1打なのだ。彼はラウンド中に2度もスリーパットした。
それにくらべ、その日の貴史は好調だった。ヘイルの好ショットにつられたかのように、いつもの力みが消えていた。なめらかなスイングから繰り出されるボールは、ヘイルと遜色がないほど飛距離が出た。しかも正確だった。それに貴史は、もともと小技が得意だったが、その日はつきにも恵まれた。チップインが3回もあったのだ。
結局二人のスコアの差はショートゲームの差となってあらわれた。ヘイルの73に対し、貴史は69で回っていた。
「完敗だ。さすが一流をきわめた人間は、なにをやらせても違うな」
ラウンドがおわると、ボブが貴史に握手をもとめてきた。顔が少しこわばっていた。
「まぐれだよ。アンダーパーでまわれるなんて思いもしなかった。あなたのスイングは、とても参考になった。ありがとう」
「いえ、こちらこそ。――タカシ、あなたの腕前ならきっとプロゴルファーになれるよ。まだ若いのだろう?どうだい、挑戦してみては?」
「とんでもない。プロの厳しさはよく知ってる。ぼくのようなつけ焼刃じゃ、プロは到底つとまらないよ」
「そうかなあ。わたしは、お世辞を言ったつもりではないんだが――」
ボブがつぶやいた。
ボブ・ヘイルと別れたあと、貴史はトムに言った。
「トミー、今日はなんだか悪いことをしちまったようで、後味が悪いよ。別れるときの、ボビーのしょげかえった顔を見ていると」
「いいんだ、これで彼もふんぎりがつくだろう」
「ふんぎり?なんだいそれは?」
「ボビーは迷っていたんだ、ツアープロをやめようかどうしようかと。彼はこの10年間、いいところまでいったことはあるが、1勝もしていない。そしてわたしは彼に、ティーチングプロの道をすすめていたんだ」
トムは、遠くを見るような目つきで話をつづけた。
「わたしは、ボビーが大学のゴルフクラブにいたときから知っているんだ。同じ大学のOBだったのでね。彼はあるコンピューター会社に勤めたが、どうしてもプロゴルファーの夢を捨てきれずに、30歳を過ぎてプロになったんだ。
しかし彼にはツアープロとしての資質がなかった。プロに不可欠の自信と厳しさがね。それは今日、きみも見ただろう、彼のパッティングに。ようするに、彼には欲がないし、性格がやさしすぎるんだ」
「彼は――ツアープロをやめると思うかい?」
「おそらくね。ボビーはきっかけを探していたんだ。そして今日、アマチュアのきみにぶちのめされた。決定的だね」
「ぼくは、たまたま調子が良かっただけなのに。それにツキにも恵まれていた」
「それは違う
[3]
次へ
[7]
TOP [9]
目次[*]
感想