(九)
海滑藩の若い武士たちに出会ったことで、新之輔は慎重になっていた。
これで江戸にいることが、海滑藩に知られてしまった。医師として身過ぎをしている小壺芳美にも、危険が迫るということだ。
そのことを芳美に言うと、医師は考えながら言った。
「長屋のみんなにも言っておきましょう。不審な人間を見かけたら、わたしに知らせてくれと。ここは共同体ですから、みんな協力してくれます」
それでも新之輔は心配だった。しばらくどこかに移り住もうと提案したが、患家がいるので江戸を離れたくない、と芳美は頑なに言った。
三月三日、桃の節句のとき、新之輔は赤坂に出向いた。この日は、東山宮の屋敷を訪れる約束をしていた。
元赤坂の外濠沿いに歩いていると、「えいほ、えいほ」と威勢の良い声が聞こえてきた。
不思議な光景だった。
新しい檜の樽を井形の担ぎ棒に載せて、四人の人夫が担いでいる。それが二組続いた。
樽の前に、「将軍家御用」と書かれた立札がある。背後にひとりの武士がついている。
その行列は小走りに駆け抜けて、東山宮が住まう屋敷の前で停止した。
新之輔が見ていると、檜の樽は敷地内に運び込まれた。
年寄りの門番は新之輔の顔を覚えていて、すぐ屋敷に通してくれた。
東山宮は相好を崩して、新之輔を出迎えた。
新之輔が先ほどの荷のことを聞くと、東山宮は簡潔に言った。
「家綱公から拝領いただいたもの、熱海の御汲湯じゃ」
熱海から江戸城まで温泉の湯を運ばせた「御汲湯」は、ときの将軍、徳川家綱が始めたものだった。
もともと熱海の温泉をこよなく愛したのは、初代将軍家康であった。家康は関ヶ原の合戦前、熱海に入湯し、温泉の力を貰って天下統一を成し遂げた、と言われているほどだ。
しかし、4代将軍家綱は病弱であったため、熱海まで行くのは負担が大きかった。それで熱海大湯の温泉を樽に詰めて、江戸城まで運ばせたのである。
熱海から江戸城まで、二十八里(約百十キロ)の道を、昼夜を通して村から村へと継いで運ばせる。この光景は、見る者に強い印象を与えたであろう。将軍家の権力の大きさと、熱海の温泉湯の効能がいかに優れているか、これを大いに知らしめたのである。
「今日は紀伊大納言どのが来られる。大納言どのは幼少の折り、父君家康公に連れられて、熱海に滞在したことがあるそうだ。それでお誘いした」
東山宮は新之輔に対して、気軽に話しかけた。
宮家は天皇家と違って、格式がうるさくない。気ままに出歩くことができれば、官位のない者と会うことも許されている。
それは分かっていても、新之輔は、東山宮のお側にいることだけで、若干の気後れを覚えていた。
紀伊大納言徳川頼宣が、歩いて屋敷にやってきた。お伴は三人の武士と二人の女中。羽山竜之進が頼宣のすぐ後ろについている。
頼宣は、着流しの上に茶渋染めの袖無し羽織、腰には脇差だけの軽装である。旗本のご隠居が、家来を連れて物見遊山に出かけた、という風にしか見えない。ものものしく家来を連れて、駕籠でやって来るより、はるかに好感が持てた。
東山宮と新之輔が一行を出迎えたとき、羽山竜之進が鋭い目で新之輔を見た。無表情だが、あきらかに新之輔を覚えている目つきだった。
新之輔はあえて素知らぬ顔をした。
東山宮が、脇に控える新之輔を紹介した。
「これはわたくしの客人で、風間新之輔と申します」
頼宣は新之輔の顔をまっすぐに見て、うなずいた。
「いい顔をしている。それに相当の手練れと見た。どうじゃ、余のもとに来ないか」
東山宮が笑いながら抗議した。
「ほほほ、何を言い出すかと思うたら、わたくしの客人を横取りの話ですか。大納言どのもお人が悪い」
「そう申すところをみると、二人は深い関係にあるようだな」
「また、おたわむれを。むしろ新之輔どのは、大納言どのとお話したいというので、今日お誘いしたのです」
後ろで聞いていた新之輔は、驚いた。まさかそこまで直截に、東山宮が言うとは思っていなかったからだ。
「ほう、余と話がしたいとな。して、どのような話だ」
頼宣が新之輔に向かって訊いた。それを東山宮が遮った。
「ほほほ、まあ、そう急かずと話はあとでゆっくりできます。まずは熱海の湯に浸かってくだされ。大納言どのに一番湯をさしあげます」
中庭に、わざわざ真新しい檜の湯船が設えられている。
先ほど持ち込まれた熱海の湯が、釜でふたたび沸かされ、湯船に注ぎ込まれた。まだ肌寒いこの季節、湯表から一面の湯気が立ち上っている。
庭の周りは紅白の幕が張られて、一応の遮蔽になっているが、屋敷の内からは余さず見えている。
頼宣は人前で裸になることに慣れているのか、平然と服を脱いだ。それを二人の女中が、かいがいしく手助けする。
体毛のない豊満な肉体をしていた。股座にも肉付きの良いへのこをぶら下げている。
頼宣は
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