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「あいつには、2億円も注ぎ込んだんだ。その分は働いてもらわんと」
阪神タイガースのオーナー、八馬は、高山貴史の年俸のことに、まだこだわっていた。
契約更改の席で、思わず口にした上乗せの額について、日が経つにつれ後悔の念が浮かんできたのだ。
オーナーの心情を察して、球団社長の小津がニヤリとした。
彼らが貴賓席から見守るなか、緑と赤茶に色分けされたグラウンドに、縦縞のユニフォーム姿の選手たちが散っていった。
ゲーム開始。今年から5試合多い、135戦の幕開けだ。
「あいつ、どこか変わったか?」
試合が進むにつれ、八馬が小津にたずねた。最前からオーナーの言う『あいつ』というのは、高山貴史のことだった。
小津がのんびりと答えた。
「4番バッターになったせいでしょう。風格がでてきましたね」
たしかに今年の貴史は、昨シーズンとはひと味違った雰囲気をもっていた。
プレーそのものは今までのように溌剌として、攻撃的だった。しかし、彼のちょっとした仕草の端々には、内面からにじみ出てくるような、自信と落ち着きが感じとれた。
「2億円もふんだくったんだ。風格も出てくるわな」
バッターボックスに向かう貴史を見ながら、八馬は半ばやけぎみに言った。
カキーン。
乾いた音がこだました。
打球はあっというまに、センターのバックスクリーンに突き刺さった。貴史がその日に打った、2本目のホームランだった。
貴史はダイヤモンドを一周して、本塁ベースの上に立ち、貴賓席のほうを見上げた。彼は両手で大きく投げキッスのジェスチャーをし、拍手を強要するように両手を叩いた。
「なにが風格だ。あいつ、ちっとも変わってへん!」
自分たちに送られた貴史のサインに、八馬は毒づいた。
貴史は最高のコンディションを持続していた。開幕戦以来、彼は神がかり的に打ち続けた。ホームランも驚異的なペースで量産していた。
ストライクゾーンにくる球なら、どんな球でも打てる気がした。ホームランを狙うときには狙い球をしぼり、ヒットだけでいい場面では、どんな球種にもさからわずに、左右に打ち分けることができた。
そんな彼に、ファンたちは史上初の4割バッターを期待していた。
しかし、貴史の絶好調にもかかわらず、タイガースは1位と3位のあいだを上下していた。
読売ジャイアンツと広島カープが、好調だったからだ。3強の混戦状態は、オールスター戦の前まで続いていた。
その前半の最終2連戦、タイガースは敵地に乗り込んで、広島カープと対戦していた。
両チームともエースピッチャーの投げ合いではじまった初戦は、予想通りの投手戦となった。いい当たりもあったが、野手の好守に阻まれた。点はなかなか入らなかったが、内容的には締まった好ゲームだった。
山場は最終回におとずれた。
9回の表、貴史に打順が回ってきた。彼はその日、徹底的に外角攻めにあっていたが、ホームラン性の当たりを2度打って、いずれも強い風に押し戻されて、ライトフライに終っていた。
当然のことながら、バッテリーは内角高めのボールを見せ球に、外角低めで攻めてきた。
貴史はそれまでの打席とうってかわって、冷静にフォアボールを選んだ。
次のバッターのとき、彼はすかさず盗塁をした。そして、ファーストゴロの間に、3塁に進んだ。
ワンアウト3塁!ようやくタイガースに、先取点の好機がおとずれた。にわかに盛り上がる応援のなか、6番バッターがボックスに立った。
バッターは2球目を強振した。鋭い打球が1塁手の横方向にゴロで突っ切った。
抜けた!
誰もがそう思った。
ところが、1塁手が横っ飛びにボールを捕えた。すでにスタートをきっていた貴史は、しまったと思ったが、もはや後戻りができなかった。彼はそのまま猛然とホームベース目掛けて突っ走った。
1塁手が起きあがって、すばやくキャッチャーに送球した。
貴史がホームベースに滑りこむより一瞬早く、ボールを受けたキャッチャーがベースに体を戻して、貴史にタッチしようとした。
二人はもろに激突した。
すさまじい衝撃だった。キャッチャーが吹っ飛んだ。いっぽう貴史は、ホームベース上で長々と伸びていた。
静まりかえった中、アンパイアがキャッチャーのほうに振りかえって、両手を左右に広げた。ボールがグラウンドに転がっていたのだ。
セーフ!
ようやくタイガースに先取点が入ったが、貴史は起きあがれなかった。
彼は脳震盪をおこしていた。大歓声が、心配そうなざわめきに変わる中、タンカーが持ちこまれ、貴史の体が場外に運ばれた。
その裏、タイガースのピッチャーが広島の攻撃をしのいで、第1戦は1対0で阪神タイガースが勝った。
しかしタイガース側の人間は、心から喜べなかった。彼らは一様に心配していた。高山貴史は大丈夫なのか、と――。
翌日、貴史が球場内にあらわれたとき、居
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