(1)
貴史はプロ野球界にはいって以来、女性関係が乱れていると誤解され勝ちだった。それはたぶんに、週刊誌やスポーツ紙などの興味本位の報道によるものだったが、貴史本人にも責任があった。
彼は友見のいない寂しさを紛らわすために、女性の多いクラブに行って、バカ騒ぎすることがあった。また、テレビ出演や何かの催しでは、人気の女性タレントたちと同席することが多かった。それを勝手にマスコミが、花形スポーツ選手と女性タレントの間で生じたロマンスと匂わせたのだ。
しかし貴史とて生身の人間であり、精力も人一倍強かった。ときに若い性欲が先走って、思わぬ男女関係に発展することもあった。
あるとき貴史は、いま売り出し中のアイドル歌手と初対面でテレビ出演し、その日のうちにその女とベッドインした。
そのタレントは意外にも、それまで初老の作曲家としか経験がなかった。
その夜、明け方まで歌手とホテルで過ごした貴史は、それでおわりだと思っていた。
しかし、そのアイドル歌手にとっては、そうではなかった。彼女はすっかり貴史の恋人気取りになっていた。
しばらくの間、二人の関係が続いた。たしかにその女は、貴史の性欲を満たしてくれたが、友見とくらべると、肉体的にも精神的にも見劣りがした。
貴史は、そろそろ終わりにしよう、と彼女にはっきり告げた。
しかし女性のほうは、簡単に割り切れる心境ではなかった。とうとう彼女は、大量の睡眠薬を飲んで自殺をはかった。
さいわい深刻な事態にはならなかったが、芸能雑誌やスポーツ新聞は、こぞってそのスキャンダルをとりあげた。
おまけにある晩、彼女を女にした当の作曲家と、ぐうぜん店で出くわして、貴史はさんざん毒づかれた。
「あれは百人にひとりいるかどうかという、名器の持ち主だったんだぞ。それをおまえがさんざん突っこみ回して、あれを使い物にならなくしたんだ」
泥酔して正体をなくした初老の作曲家は、くどくどと女への未練をくりかえし言った。
そのときばかりは、さすがの貴史も、女とのつきあいにこりごりした。それだけではない。人のプライバシーを食い物にするマスコミ、そして世の中全体がいやになった。
――◇――
白一色の雪景色を灰色ににじませていた空は、じょじょに濃さを増し、それとともに、人間の存在を思い起こさせる、民家の黄色い灯があちこちでまたたき始めた。
貴史は、去年の秋に痛めた右膝の故障が完治せず、そのリハビリのために有馬温泉にきていた。アイドル歌手とのスキャンダルを追い求めるマスコミの目を気にして、同行するのは年配の村松博士とカメラマンの伴だった。
毎朝6時に起床して、懐中電灯を持って軽い散歩。それからじょじょに各種のトレーニングをおりまぜて、夕方6時に素振りの練習でしめくくる。あとは入浴後の村松によるマッサージだけになる。
「貴史、なんて言ったかな――あの自殺未遂の歌手とは、話がついたのかね?」
村松が、ふと思い出したように尋ねた。
夕食後のひととき、二人は部屋の縁側でソファーに腰掛け、暮れゆく外の景色を眺めていた。
「ああ。いい迷惑だったけどね」
貴史はさらりと言った。
「迷惑?だけどきみは、彼女が好きでつきあっていたのだろう?」
「好きだの愛だの、そんな感情はもともとありませんよ。彼女とは最初から、割り切った男女の関係だったんだから」
「割り切った男女の関係?――だって、彼女はきみが好きで、自殺するほど思いつめていたんだろう?」
「あんなことをするとは、思いもしませんでした。その点は反省しています」
貴史は、その件はもうおわりというように、つとめて明るく言った。
村松は考え込むように、外の景色を見ていた。いつもは温厚な顔が、きびしく引き締まっていた。
「わたしはきみが学生のときから、ずっと付き合ってきた。それは、きみと初対面のときに受けた強烈な印象――きみには、ほかの若者たちにない何かがある。――単にスポーツにたいする才能だけを言っているんじゃないんだ。なんて言うか、きみの内面からにじみでてくる人間性に魅かれたんだ」
彼は窓からふりかえると、貴史の顔をきびしい目で見た。
「たしかにわたしの見込みどおり、きみはプロ野球でかずかずの記録を塗りかえ、いまやひとつの頂点をきわめたと言える。それも、わずか3年の間にね。しかし、わたしはきみに失望した」
「――」
貴史は黙っていた。
(この年寄りはなにが言いたいんだ?)
村松は話をつづけた。
「今回の女性が自殺未遂した事件――きみは軽く考えているが、その女性にとっては深刻な問題だった。それをきみは、相手の心を踏みにじったんだ」
そこで村松はフッとため息をついた。「もっとも、わたしに男女の愛を語る資格はないな。わたしは男色家だから――」
貴史はいらいらして言った。
「それで、ドクター。ぼくになに
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