第3章 二位のジンクス

(1)

「いいかい、貴史くん。今年はどこのピッチャーも、きびしい球で攻めてくるぞ。さもなければ敬遠だ」
「ああ、分かっていますよ、ドクター。ぼくもピッチャーをやってましたからね。デッドボールすれすれの内角球でのけぞらせておいて、外角低めで三振ってやつだ」
「それだけならいいけど――なかにはコントロールの悪いピッチャーもいる。デッドボールすれすれどころか、デッドボールそのものも増えてくるよ」
「打ち身だらけの人生ですか。それでドクター、どうしたらいいんですか?」

鎌倉の両親のもとで正月を過ごした貴史は、正月明けに村松博士と山陰地方のひなびた温泉宿に来ていた。
二人は部屋付きの風呂につかって、のんびりと話をした。岩を組んだ露天風呂は、外部からの視界を遮る竹柵があり、プライバシーが守られている。
たゆたう湯煙の向こうから、村松の慈眼が貴史を見ていた。
「当たり前のことかもしれないけど、選球眼を養うことしかないな。ピッチャーがボールを投げたら、瞬時に球筋とコースを見極める――」
「至難の技ですね。どんな練習をすればいいんですか?」
「そうだな――まず前にもやっていたように、バッティングマシーンを1メートルほど近づける。それから直球にシュート、スライダーと横の変化球をおりまぜて球を送りだす。内角球を中心にね。それに慣れたら次は縦の変化だ。カーブ、フォークと。そして、ストライクの球だけを打つ練習をする。もちろん事前にビデオで、それぞれのピッチャーの癖を、よく掴んでおくことも大切だよ」
「分かりました。今度、練習に取り入れてみます」
言って貴史は湯の中で立ち上がった。その股間を、村松がハッと息を呑んだように見た。

貴史は以前から気づいていた――自分に対する村松博士の気持ちを。それは若い教え子に対する親愛の情、と言うにはあまりにも密度の濃い気持ちのように思われた。
彼とて世の中のことに、まったく疎いわけではない。チームメイトのポール・ゲイルがいい例だ。ポールはゲイだった。私生活では10歳ほど年上の男性音楽家と同棲している。いつだったか二人と一緒に食事をしたことがある。そのアメリカ人の音楽家は、スリムな体型だがムチのようなしなやかさがあって、ごく普通の物静かな男だった。
男が男を好きになる――村松を見ていて、それもありうることだと思う。この60歳にもなって独身の年配者は、貴史に性的な欲望を抱きながら、それをひた隠しにしているようだ。時折見せる、年配者らしからぬ、恥じらいやあわてた仕草――そんな様子を見ていると、無償の好意をよせるこの老医師がいじらしく思えた。

なにが貴史にそうさせたのか――。彼は湯の中を、まっすぐ村松めがけて歩くと、すぐ目の前で立ち止まった。
村松はあわてて目を反らし、少しして視線を戻した。
すぐ前に剥き出しの性器があった。こんなに間近に見るのは初めてだった。
健康的に発育した若々しい男性器――それでいて、壮年男のようにカリ首の太い、ふてぶてしい形状をしている。
高まる鼓動とともに、村松はいぶかるように貴史を見上げた。
若者はだまってこちらを見下ろしている。彼の気持ちを代返するように、若い茎がゆっくりと頭をもたげ始めた。
村松は魅せられたようにそれを見つめ、くぐもった呻き声をあげると、貴史の腰にしがみついた。そして――唇を開いた。



村松のアドバイスによる練習のかいあって、貴史は2年目のシーズンも絶好調だった。他球団のピッチャーたちは案の定、きわどい内角を攻め、つぎに外角球を投げてきた。貴史は内角球にも動じず、その球がすこしでも甘く入れば、躊躇せずに弾き返した。
横浜3連戦で2勝1敗と勝ち越したタイガースは、中日戦も2勝1敗で勝ち越し、つづくジャイアンツとの試合をひかえて、後楽園のドームに乗り込んだ。

史上最高額の30億円をつぎこんで、国内外からホームランバッターを補強したジャイアンツは、昨年につづく盤石の体制を築こうとしていた。しかしジャイアンツは、開幕戦でヤクルトによもやの3連敗を喫し、横浜戦でも1勝2敗と負け越していた。
巨人阪神の第1戦は、これまでのうっぷんをはらすかのように、ジャイアンツの重量打線がタイガースのピッチャーに襲いかかった。
2回を終えて7対0、すでに勝敗の行方は決まっていた。あとはどれだけ、長嶋監督のいう5点打線から点数を伸ばせるか、それだけが興味の対象だった。
ところが、タイガースの中継ぎ投手陣のふんばりがきいて、ジャイアンツは追加点がなかなか奪えなかった。いっぽうタイガースは、貴史の打席でことごとくタイムリー打がでて、着実に得点を積み重ねていた。
ついに9回の表、タイガースの攻撃のときには7対5となり、2点差まで追いつかれていた。
ワンアウト満塁、しかもバッターは貴史だった。
ジャイアン
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