(3)
大川監督の血圧はいつになく高かった。それもそのはず、試合開始の1時間前になっても、新人の高山の行方がつかめないのだ。
「あのひょうろく玉、どこに行きおったんや」
大川はコーチ陣に当たり散らした。
そのとき選手用通路のほうを眺めながら、打撃コーチの島野がつぶやいた。
「そのひょうろく玉が、どうやらご出勤のようですよ」
そちらを見て、にが虫を噛みつぶしたように監督がつぶやいた。
「けっ、お早いお着きで。まるで重役きどりだな」
ユニフォームを着た貴史は、すっかり焦燥しきった顔をしていた。目の下にうっすらと青い隈ができている。
いつ監督が雷を落とすかと周囲が緊張するなか、貴史が平然と監督に挨拶した。
驚いたことに、大川監督は新人をジロリと一瞥したが、手すりを握ったまま黙ってうなずいた。しかし、彼の握り締めた拳が怒りに震えているのに、数人の選手が気づいていた。
ベイスターズを迎え撃つはずのその夜の試合は、0対7――完敗だった。
貴史の打席も4の0、うち三振がふたつ。相手ピッチャーに翻弄されるように、彼のバットはことごとく空を切った。
試合後に緊急のミーティングが開かれた。
選手やコーチの息づまるような緊張のなか、大川は意外にも淡々と話しだした。気合いと自信を強調して話を終えたあと、彼は貴史のほうを見た。
「タカ、おめえ、蒼い顔をしてるな。ゆうべは飲み過ぎか?それとも女とやりすぎか?」
貴史は黙っていた。
「まあいいや。おめえだって未成年じゃないんだ。しかし今日のバッティングはなんだ。あれじゃ、まるでウチワじゃねえか。いくら熱い季節だからって、敵のピッチャーを扇いでやることもないだろうが。どうなんだい?」
数人の選手が、笑いをかみ殺した。当の貴史は黙って、平然と監督の方を見ている。
「ちったあ、特打ちでもしたらどうだい?このまま線香花火と言われたくないだろうが」
貴史がぽつりと言った。
「やってますよ」
大川は、おやっと言うように薄い眉を吊り上げた。
「どんなことをやってるんだい?今日も昼までいなかったようだが」
「ぼくのやり方がありますよ。そのうち打ちだしますから――気長に待っててください」
大川が黙り込んだ。ほかの選手は監督の沈黙に危険な兆候を感じとり、体を固くして二人を見守った。大川はゆっくりと貴史のほうに歩み寄った。彼の動きは、高ぶる神経をつとめて鎮めようとしているようだった。
「タカ、それじゃ遅いんだよ。おめえが打ちだす頃には、シーズンが終わっちまってらあ」
監督の声は、無気味なほど低くなっていた。彼はつづけた。「いいか、坊や。いつまでも粋がってないで、明日からはコーチの言うことを聞いて、特打ちするんだ」
そこで、大声で怒鳴った。「わかったかっ!」
貴史はびくとも動じないで、平然と言った。
「だから、ぼくのやり方があるって言ったでしょう。悪いときは、焦っても仕方がないでしょうが」
「バカ野郎!このヒヨッコが!」
大川が爆発した。「おめえは、自分を何様だと思ってやがるんだ。いいか、おれはおめえが生まれる前から、プロで野球をやってるんだ。それにくらべりゃおめえなんか、まだ大人にもなりきってない、皮かぶりの小僧っ子だよ」
貴史は、目の前で怒鳴り散らす老監督をにらみつけた。彼の顔も怒りに赤らんできた。
「ぼくは皮かぶりじゃないっス。それも、監督よりでかいのをぶら下げてるんだ。その点じゃあ、監督より立派な大人だよ」
「なにおっ!口先だけ達者になりやがって」
大川がふんぞり返り、ぐっと体を押しつけて睨んだ。
貴史も負けていなかった。彼も監督に向かって、体を押し返しながら言った。
「監督、思ったことは遠慮なく言えって、言ってたじゃないスか。だいたい粋がってるのは監督のほうですよ。たかが数試合負けが込んだからって、ぎゃあぎゃあと騒いで。シーズンは130試合あるんだ。そんな過敏にならずに、もうちょっとゆったりと構えていたらどうなんスか」
「バカ野郎!きいた風な口をききやがって。てめえなんか、野球をやめちまえっ!」
大川の言葉に、貴史はカッとなった。
「ああ、分かったよ!ただし、ぼくはあんたに雇われてんじゃない。球団と契約してるんだ。社長がぼくをクビにするってんなら、辞めてやらあ!」
「なにおっ、この野郎!」
大川が貴史に掴みかかった。60過ぎの監督と、かたや20歳そこそこの若い新人が、顔を突き合せてどなりあうのを呆然と眺めていた選手たちも、あわてて二人を引き離しにかかった。
翌日の横浜ベイスターズ戦も、貴史は絶不調だった。
ランナーを2塁に置いての打席であえなく三振。しかも守備のほうでも、レフト前ヒットの捕球をもたつく間に、ランナーを3塁まで進めてしまい、これが結果的に、相手チームに先取点を許すことになった。
4回の裏に、ネクス
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